不登校新聞

517号 2019/11/1

7年ぶりに部屋から出た僕に、母が言った意外な一言

2019年11月01日 12:04 by kito-shin
2019年11月01日 12:04 by kito-shin


現在の瀧本さん(撮影・堀田純)


25歳当時の瀧本さん

 7年間のひきこもり経験を持つ瀧本裕喜さん。部屋から出たあと、ひきこもっているあいだに太ったことを知った瀧本さんは、ダイエットに取り組んだという。

* * *

 25歳のある日、僕は「7年ぶり」に鏡を見た。そう、僕は18歳から7年間、自室にひきこもっていた。その日、7年ぶりに部屋を出たのだった。

 鏡を見ておどろいた。髪は伸び放題で、ストレスからか、ところどころ白髪がある。そしてなにより、太っていた。

 15分間ほど、直立不動のまま動けなかった。信じられなかった。10代のときは、レディースの服が入るくらい、身体が細かった。

 でも今は自分が知っている自分じゃない。絶望的なまでに太った長髪の男、それが僕だった。

 おそるおそる体重計に乗ってみると、目を疑った。何回計り直しても、「エラー」と表示された。

 7年前の体重が62キロだったことは覚えている。あとで知ったことだが家の体重計は100キロを超えるとエラー表示になるのだった。

 玉手箱をあけておじいさんになってしまった浦島太郎のように、僕は7年ぶりに部屋から出たら100キロを超えた体重になっていた。

 その事実がのみ込めなかった。完全に狼狽した。太ったからか、汗が噴き出してきたので、何はともあれ風呂に入った。

どうして裸?

 入浴後、体に合う服が何ひとつなかったので、裸にタオルを巻いて居間でピアノを弾いた。得意だったピアノも、7年のブランクがある。思うように指が動かず、初歩的な曲も満足に弾けない。

 昔は何時間練習しても疲れなかったのに、30分間弾いているだけで、お尻が痛くなってきた。そのうちに母が帰ってきた。僕を見るなり母が言った。「どうして裸なの?」。

 母は変わり果てた僕を見ても、まったく動じなかった。7年間、一言も話してないのに、つい昨日会話したばかりのような対応で、それがなんだか、うれしかった。

 「これから何がしたい?」と母が言った。「とりあえず痩せたい」。僕は答えた。

 それからしばらくは真夜中に母と散歩をするのが日課になった。他人に見られたくなくて、深夜なのにサングラスをかけた。ボクシングの亀田兄弟が愛用していたサウナスーツを着て、脂肪を燃焼させた。

 7年ぶりの散歩。5分歩くだけで、足に痛みが走った。仮に体重が100キロになっていたとしたら、以前より40キロも重い。疲れるのは当たり前。

 ふつうに歩くことが高地トレーニングと変わらなかった。しかし、しんどかったが僕はダイエットを続けた。

 効果はみるみる現れた。数カ月で体重は80キロ後半になった。それ以降はゆるやかなペースで体重が下がっていった。

 僕のダイエットのコツは、ストレスをためないことだ。リバウンドをしないでダイエットに成功した人を研究したら、ダイエットの過程そのものを心から楽しんでいることを発見した。

 「そうか、僕も楽しめばいいんだ」。

 食べないことがストレスになるくらいなら食べることを選択する。無理をすると、反動でドカ食いすることになるからだ。

 そうして、ストレスをためないでダイエットし続けた結果、1年間で30キロ以上の減量に成功した。

空白はあるけどいいこともある

 もちろん、ダイエットに成功したからといって、人生を新しくやりなおせるわけではない。

 アルバイトの面接官に7年間ひきこもったことを正直に打ち明けると、顔を合わせてもくれずに落とされた。履歴書には7年分もの取り戻せない空白期間もある。

 しかし、いいことだってある。ダイエットの体験談は万能だ。誰に話しても鉄板のネタになる。僕はひきこもっていたころの写真を手に、ひきこもりの家族会や当事者の会をまわった。

 写真を見せながら「一人ビフォーアフター」話をすると、「この人おもしろい」と思ってくれる人が何人かあらわれ始めた。

 今ではそうしたつながりから、ライターやカウンセリング、講演活動などの依頼をいただき、暮らしている。

 今になって思えば、僕にとってダイエットは、社会に戻るためのリハビリだったんだと思う。(ひきこもり経験者・瀧本裕喜さん(39歳))

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