不登校新聞

520号 2019/12/15

「息子をがんばらせすぎたのかも」方針を見失った私への夫の助言

2020年04月16日 13:29 by kito-shin

連載「わが家が目指したのはHSCの安心基地」vol.11

 運動会、がんばって乗り越えたら自信につながるかもしれないと、精いっぱいのサポートをしながら嫌がる息子のたけるの背中を押してきました。

 けれども出場した結果は、期待とは正反対の方向でした。

 「幼稚園へ行きたくない」と言って布団から出ようとしないたける。その姿を見た夫は「あのころの自分と同じ……」、そう思いました。

 夫が学校へ行けなくなったのは中学3年のときのことでした。

 「どうして幼稚園へ行かなければいけないの?」とたけるは私に問います。

 その問いは、夫が中学3年生のころ、あてもなく問い続けた問いでもありました。

夫婦での話し合い

私「たける、魂を落としちゃったみたいになってる」

夫「園生活が楽しくなって、これからもそれが続くという希望に満ちてたのに、その希望を失ってしまったんだろうな。わかるんだ」

私「運動会、熱が出た時点で出ないって判断したほうがよかったのかな」

夫「それはたける自身もわからなかったんじゃないかな。そのぶんママが付き添って、できるかぎりのことをしてくれたのは大きいよ。

 結果的には、発熱や嘔吐はストレス反応だったと思うし、ここのところ笑顔が消えて楽しみや興味が感じられなくなっているのは、その後も精神的なストレスにさらされ続けたことによってもたらされた『心(精神)の疲労』ということになる。

 でもそれだけじゃなくて、たけるにとっては、先のほうにある学校のシステムが自分(の気質)に合わないことがはっきりとわかってしまったところがあって希望を失ってしまったんだろうと思うんだ。

 いずれにせよ、ゆっくり休ませてあげたほうがいいと思う」。

 精神科医というだけでなく、不登校でつらい日々をすごした経験があるからこその夫の言葉によって、私が抱いていた幻想が薄れ、現実が浮かび上がってくるようでした。

 さいわい、「運動会は、園児にはとても負担が大きく疲れが出るため、しばらくは自由にすごさせて、リフレッシュできるような計画をしている」という先生の配慮もありました。

 運動会後の園生活は、園内でゆっくり自由にすごしたり、プラネタリウムや植物園などの施設に出かけたり、

 ある日は、ほかの幼稚園のビオトープでのイモリ採りなどに参加したりしました。

 でもやっぱり、瞬間瞬間ではたけるが喜びを見せても、元のような笑顔や覇気は戻らず、心は園や先生、お友だちから、距離が離れてしまっているのを感じてしまいます。

 極端に口数が少なくて、何をやっても楽しめず、給食前になると「帰りたい」と訴えてきます。

 もう元には戻れない何かを感じずにはいられなくなった私には、急にアンテナが張られました。

 「これまでとはちがう方法について調べなきゃ!」と思い、気になる本をいくつか取り寄せることにしたのです。(文・絵 斎藤暁子)

■著者略歴/(さいとう・あきこ)『HSC子育てラボ』代表。心理カウンセラー。息子たける(9歳)と精神科医の夫は、ともに敏感・繊細気質。著書に『HSCを守りたい』(風鳴舎)など。HSCとは/「Highly Sensitive Child」の頭文字を取った「HSC」は、心理学者エレイン・N

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