不登校新聞

525号 2020/3/1

訪問支援をしてるので「寄り添う」とは何かを考えてみました

2020年02月28日 11:43 by koguma


「訪問と居場所 漂流教室」のスタッフの人形

 北海道札幌市で「訪問と居場所 漂流教室」という団体の共同代表を務めている山田と申します。まず、「漂流教室」についてかんたんに紹介します。

 2002年に「訪問型フリースクール 漂流教室」として始まり、家からなかなか出られない不登校やひきこもりの人を訪問し、関係性をつくっていく活動を続けています。

 2006年には事務所兼フリースペースを開設し、医療や福祉などの関係機関とも連携しながら訪問活動に取り組んでいます。

 フリースクールというと、不登校の子どもたちに学校の代わりになる学びの機会を与える場というイメージが一般的にあるかと思いますが、「漂流教室」はその枠にはあてはまりません。

 いろいろ考えるなか、「教える者と教わる者」という関係性や日々のプログラムなどのしばりをなくした結果、2015年に「フリースクール」と名乗るのをやめちゃいました。

 明確なプログラムがあり、きちんと構成された体系のなかで成長を見ていく活動ももちろん大事ですが、「漂流教室」のように、いつでも来ることのできる自由な居場所があるということも大事だと考えています。

並列してよいか

 本題に入りますが、本日のテーマ「不登校・ひきこもり~生きづらさに寄り添うとは」について、理論的な部分と実践的な部分に大まかにわけて考えていこうと思います。

 このテーマをいただいたとき、最初に考えたのは不登校とひきこもりが並んでいる点でした。はたして、不登校とひきこもりは並列して語ってよいのか、と。

 私は不登校とひきこもりはまったく別のものと考えています。

 東京都や国が行なった調査を見ても、小中高大と一般的なルートを歩んで、就職もするが、その後に何らかの失敗を経て、ひきこもるという場合が多いことがわかります。

 つまり、ひきこもりを不登校の延長として見てしまうと、見落とす部分が出てきてしまうのだと思います。

 しかし、メディア・政策支援活動のなかで語られる言葉から読み取れる、社会が不登校・ひきこもりに向ける視線は共通する部分があるというのもたしかです。

 たとえば、不登校の場合、「学校に戻らないかしら」「昼夜逆転して」「進学はできるのか」「社会的自立できるかしら」という語りが、メディアや政策、支援活動のなかで見受けられます。

 社会的自立は、ひきこもりでもよく聞くキーワードです。ここには「こうなってほしい」という期待や願望がある一方で、失望も含まれています。

 ここで大事なのは、いずれにしても「現状を肯定していない」ということ、そして「こうなったら困る」という不安が根底にあるということです。

 その結果、「減らすべきこと」として捉える「社会の視線」が家族や第三者に内面化されていくわけです。

 私は「不登校100万人化計画」というのを提唱しています。不登校は現在およそ16万人ですが、これが100万人にならなければ、と。

 この話をすると、たいていみなさんの顔が曇ります。では、「すべての人間のなかで、1割くらい、他人とちがった生き方をしてもいいのでは」という提案ならばどうでしょうか。「いいんじゃない」と思われる方は少なくないと思います。

 現在、小中学生はおよそ950万人です。その1割は95万人。先ほどの不登校100万人と大差ありません。

 「他人とちがう生き方をする人が1割いてもいいのでは」と言われてうなずく人が、「不登校が100万人いてもいいのでは」と言われると眉をひそめる、これはなぜか。

 不登校は減らすべきもの、という「社会の視線」が気づかぬうちに私たちに内面化しているということです。

 減らすためには、理解しなければいけない。となると、見えないものを見ようとする可視化の動きが加速します。

 私も「不登校やひきこもりの人はどんな暮らしをしているのか」「わが子に似たケースはあるのか」という質問を親御さんからよくいただきます。

 減らしたい・なくしたいという思いから、現状を変えるためのきっかけを見つけようとする。これはつまり、親が不登校やひきこもりの当事者に対し、先に述べたような「社会の視線」を向けていることになるわけです。

 じつはこの状況が、当事者にとって非常に苦しいんです。「社会の視線」から逃げたくて不登校やひきこもりになったはずなのに、家のなかで、減らすべきものという視線を感じながら毎日を生きることになる。

 それだけではありません。見えない物を見ようとする人たちからは支援という名のもとに「あなたはどういう人なの?」「どんなことを考えているの?」という自己開示を迫られることになる。

 その結果どうなるかといえば、当事者のプライベートゾーンがどんどんなくなってしまうんです。

 ですから、「社会の視線」というのは、当事者が求めるものとは異なるということをきちんと認識しなければいけません。

訪問を通じて

 ここからは、「漂流教室」の訪問活動を通じて、寄り添うということについて考えていきます。中学1年生から5年間、うちのスタッフが訪問していた事例を紹介します。

 せっかく訪問するわけですから、スタッフも「有意義な時間にしよう」と意気込んでいました。

 ところが、1年経つと、訪問先の部屋にあるものはあらかたやりつくしてしまった。

 双方が相手との時間を有意義なものにするためにやることがなくなり、「何もすることがないね」というつぶやきが自然に生まれたと言います。

 そして、そこからが始まりだった、と。

 いっしょに何かするというのは、端から見れば動いているように見えます。しかし、関係性の面から考えてみると、双方の関係性が固定しているとも言えます。

 訪問する人と訪問される人という関係が固定化し、「この人が来たらこれをしよう」「この人といるときは何かタメになることをしよう」という意識が双方に芽生えます。

 「タメになる関係性」というのは、生産的に映るし、あやふやな時間をすごすことには不安をおぼえてしまいますから、どうしても固定した関係性に落ち着こうとしてしまいがちです。

 でも、うちの訪問は意図的にそれをしません。結果として、関係性が流動的になります。

 こういう関係性になると、訪問してみたら子どもがずっと寝ていたなんてことがあります。

 逆に、スタッフが「ごめん、ちょっと寝かせて」ということあります。何それ、って思うでしょ(笑)。でも、本当にこなれた関係のときって、こういうことが起こるんです。

やりがいの先にある大事なこと

 スタッフは現在、臨床心理士として働いています。

 この日誌はボランティア募集時によく見てもらうのですが、「漂流教室では人のお役に立てるやりがいは感じられない」と書いているのは衝撃的でしたね(笑)。

 でも、大事なのはその続きです。「やりがい以前の、もっと根本的なことを教わった気がする。『ただいっしょにいる』ことには意味があること。それができるようになったとき、気づかいではない、素朴な笑いや自然な相談が生まれていった」と。

 そうなんです。何もしてないようで、子どもからの相談も生まれていたんです。

 毎回の訪問のなかで、いつも変化を期待して訪ねているわけではありません。これって、家族の関係とよく似ていると思います。

 毎朝、顔を合わせるたび、家族によい変化なんて期待しないと思います。ところが、不登校やひきこもりになると、「こうしたら何か変わるかな」と、つい考えてしまいがち。

 だから、「漂流教室」が大事にしているのは、家庭のなかで、家族ではない他人と、「ただいっしょにいる」という関係性をすごす時間なんです。

 5年におよぶ訪問が終わったとき、スタッフがこう言いました。「『ただいっしょにいる』こと、これが寄り添うことだと思う」と。それを聞いて、私はうれしくなりました。そう、そうなんだよ、と。

 子どもに寄り添うというのは、存在とともにでなく、相手が今いる環境にも寄り添うことです。

 訪問した子も、中1で不登校し、高校に進学し、その後は部活で悩んだり、環境が変わるなかでいろんな関係性と付き合うわけです。

 そこではおのずと、「社会の視線」を向けられます。そんなとき、週に1回1時間、「ただいっしょにいる」だけの時間と空間がある、これが子どもにとってのバリアになるんです。

 そのバリアのためには、「ただいっしょにいる」こと、それが保証されることが大事であり、これが寄り添うということなのだと思います。

 何か結論めいたことを言えるわけでありませんが、今日の話が、みなさんが日々思っていることや考えていることのヒントになればさいわいです。(了)

「訪問と居場所 漂流教室」って?

 「訪問と居場所 漂流教室」は、北海道札幌市で活動するNPO法人。訪問活動(月8000円)のほか、フリースペースも同市内で運営。

 フリースペースの利用料は1回1000円としていたが「縛りなく誰でも使える」という理念を体現するために、昨年から無料にした。

 同法人では減収となる分について、賛助会員を募っている。詳細は下記。

【連絡先】
札幌市中央区南8条西2丁目市民活動プラザ星園401
(TEL)050-3544-6448
(メール)hyouryu@utopia.ocn.ne.jp

*  *  *  *  *

【賛助会員(1口5000円から)】
銀行名:ゆうちょ銀行279店
記 号:027409-100855
加入者:訪問型フリースクール漂流教室

【プロフィール】
(やまだ・ひろき)
1972年、北海道生まれ。北海道大学卒業。「訪問と居場所 漂流教室」共同代表。02年に大学時代の友人とともに「訪問型フリースクール漂流教室」を設立。以来、生きづらさを抱えた子ども・若者への訪問活動を続けている。

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