7月24日、フリースクール「東京シューレ」が「東京シューレ25周年祭~つながる力・つくる力~」を東京都・北区にて開催する。今回は、同イベントの実行委員であるケリー・ブランドンくんと広無智絵子さんのお二人に、自分自身の不登校体験や、イベントにかける意気込みなどをうかがった。
本号記事:東京シューレ25周年祭「不登校の歴史、伝え継ぎたい」広無智絵子

僕はまるで゛カメレオン゛ ケリー・ブランドン


 僕にはいろんな血が流れています。日本、アメリカ、ジャマイカ、キューバ、アイルランドの血です。そのことは、いまでは僕の誇りですが、ずっとコンプレックスでした。

 住んでいる場所も、産まれてから7歳までは日本、7歳から14歳までアメリカ、14歳からはまた日本と、いろいろと変わってきました。

 お父さんも、そのことでとても苦労したみたいです。白人のエリアでは「唇が厚い」と黒人扱いされ、メキシコ人のエリアでは「肌が白い」と白人扱いされ、物を盗まれたりいじめられたりしたそうです。

 僕はそこまでじゃなかったですが、それでもたいへんでした。どこにいても自分が何者かわからなかったからです。小さいときの写真を見るとイギリス人みたいだし、小学生のころはアメリカ人みたいだし、いまは日本人みたいに見える。どこにいても敵がいっぱいでした。アメリカでも日本でもいじめられました。

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