不登校新聞

578号 2022/5/15

母・支援者として見てきた不登校の20年、親子で大丈夫と思えるために必要なこと

2022年05月11日 16:28 by kito-shin

 かつては不登校の子を持つ親として、その後は不登校の子どもや親を支援する団体「結空間」(大阪府富田林市)の代表として、20年に渡り、不登校を見続けてきた中尾安余さん。「不登校でつらい思いをする子どもと親の苦しみの根本は変わっていない」と言う中尾さんに、わが子の不登校とどう向き合い、何に救われたのか。そして今、不登校で悩む親へ向けて伝えたい思いとは。中尾さん自身の20年を振り返りつつ、お話をうかがいました。

* * *

――中尾さんの2人のお子さんも不登校を経験されたとうかがいました。経緯を教えてください。

 息子はひどいいじめにあい、学校へ行けなくなりました。幼稚園のときから近所の子どもたちから、いじりというか、いじめというか、からかわれるようなことを、ずっと受けていました。息子が小柄だったせいもあったのかと思いますが、それは小学校へ上がっても続きました。

 息子が小学4年生のとき、学校へ行きしぶるようになりました。当時は息子を車に乗せて無理やり登校させるということもしていました。息子は教室へ行き、学校できちんと1日すごして帰宅するのですが、かなりの無理をさせてしまったと思います。今思い出すと、自分の無理解さに身を切られる思いがします。

命に関わる息子へのいじめ

 不登校になって何年か経ち、殴る・蹴るなどの暴力以外にも、命に関わるいじめを受けていた事実を初めて聞きました。登下校の際、歩道を歩いている息子を車が来るのを見計らって車道に突き飛ばす、教室がある3階の窓から突き落とそうとする、というものでした。

 小学6年生のときに、修学旅行の際の出来事を息子が文集に書きました。読んだ保護者数名から「これはいじめでは?」という問い合わせが学校にあったのです。文集は回収され、担任教師は「事実じゃないから、書き直せ」と言ってきました。しかし、息子は「事実だから書き直しは嫌だ」と、頑として譲りませんでした。私も学校へ呼び出されて「書き直すよう説得してほしい」と言われましたが、当然断りました。

 その後、どうなったかというと、担任が息子の文を編集して、新しい文集を配り直したんです。先生が勝手に子どもの文をカットしてつぎはぎするなんて、なんてとんでもないことをするのかと思いました。これが大きなきっかけとなり、息子はいっさい小学校へ行かなくなりました。

中学でもいじめの事実は認めず

――中学校はどうされたのでしょうか?

 加害者たちと同じ学校に進学したら、いじめがエスカレートすることは目に見えていました。それを避けるため、成績がよかったこともあり、私立の中高一貫校へ進学しました。しかし、そこでもいじめがありました。中学1年生の体験学習の際にはカヌーから突き落とされたことがありました。救命胴衣はつけていたそうですが、息子は泳げなかったので怖かったと思います。

 何より、学校の対応はひどいものでした。「命に関わるいじめを受けている」と私が伝えても、学校はその事実をまったく認めませんでした。「いじめが起こること自体は防げなくても、あったことをなかったことにしないで」「子どもが大人への信頼を失うから、嘘だけはつかないで」と、何度お願いしても届かなかったんです。その後の話し合いも、教員どうしのかばい合いでらちが明かず、「いじめはない」の一点張りでした。

 息子はその後、高校へ進学せず、現在は家業のみかん農家を手伝っています。体力仕事もこなし、料理も得意で、「肉じゃがはお母さんがつくるものよりおいしい」と家族のなかでも評判です。基本は家にいますが、用事があれば出かけますし、一時期あった強迫性障害も今は落ち着き、穏やかにすごしています。そう考えると、ひきこもりってなんなのだろうと思いますね。家で仕事をしている人も、みなひきこもりなのだろうか、と。

――娘さんの不登校は?

 小学校4年生のときに、行ったり行かなかったりと「さみだれ登校」が始まりました。息子のときの反省もあって、無理やり学校へ行かせるようなことはしませんでした。中学校は部活のみ登校し、高校は入学したものの、「中身がなさすぎる」と言い、1年で辞めました。現在は、子ども支援の活動をしているNPOの事務局で正社員として働いています。  

――お子さんの不登校について、ご家族の理解はいかがでしたか?

 夫も祖父母も、子どもたちの不登校に理解を示してくれていたのですが、私の姉がたいへんでした。「行かさなあかん」と、学校復帰に関する書籍や新聞記事を送ってきたり、直接会えば「あんたがあかん」としか言わず、本当にまいりました。じつは、つらすぎるあまり、無意識に線路に立っていたこともあるんです。ぼうっと線路に立ち尽くす私を上から下までジロジロと見て通る人がいて、その視線でハッとわれに返り、事なきを得ましたが、一歩まちがえればどうなっていたか。

――それほどつらいなかで、いつどうやって考え方が変わったのでしょうか?

 息子が中学3年生のとき、学校にスクールカウンセラーが来たんです。当時はスクールカウンセラーの制度が始まったばかりでしたが、私立の学校だったこともあってか、いち早く導入されたんです。そのスクールカウンセラーの対応に本当に助けられました。

 その方は、私たち親をまったく責めることなく、親自身の思い込みや先入観などを自己解析できるようにしてくださり、私自身が厳しいしつけで育ったことでの影響など、新たに気づくこともたくさんありました。その後、勤務なさっている病院へ夫婦で通わせてもらって、息子が18歳になるまでお世話になりました。なお、息子は、いっさい病院には行っていません。

――中尾さんは不登校・ひきこもり・発達障害などの子どもやその親を支援する活動をされていますね。

 息子も娘もひきこもっている状態だった2003年に「結空間」という団体を立ち上げました。不登校の個別相談から始まりましたが、発達障害や非行、ひきこもりとどんどん幅が広がり、持ち込まれた相談をいかに解決するか、に挑戦している感じです。困った人を見ると放っておけないんですよね。だんだん何をやっているのかわからなくなってきていますが、20年近く経った今でも走りまわっています(笑)。

信頼関係の実感が大切

――支援者としても活動されてきたこの20年をふりかえり、親の悩みなどの変化についてどう考えておられますか?

 不登校でつらい思いをする親と子の苦しみの根本は変わっていないと思います。ネットを見ていても「どうしたら学校へ行くようになるか」と悩んでいる親がたくさんいます。ふつうに学校へ通った大人にとって、ふつうから外れることがつらいのだと思います。それもあってか、「がんばって学校へ行かせて・来させて」と必死になる親も学校もいまだに多いわけですが、これは子どもにとってマイナスでしかありません。それに、義務教育を子どもの義務だとかんちがいしている人もまだまだ多いですね。

 また、長年、不登校に関わる活動をするなかで、継続的な信頼関係があること、無条件の愛情を子どもが実感できることがとても大切であると、私は考えています。私が相談に応じていたあるご家庭のお子さんはカメラとギターが趣味だったんです。それはその子の祖父と同じ趣味だったんですが、祖父が「不登校ならうちに来るな」と言ったそうで、子どもがひどく落ち込んでしまったんです。

そこで、祖父とお話した際にこう伝えたんです。「人との信頼関係が切れずに続いていくということがお孫さんのこれからにとって非常に大事なことです」って。その際、「おじいさんにお会いして安心しました。おじいさんのお孫さんですから大丈夫ですね」ということもあわせてお伝えすると理解してくれました。祖父との関係が復活すると、ほどなくその子は学校へ戻りました。

 また、親の不安として「子どもの将来」がよく話題に上がりますが、将来なんて誰にもわかるはずがないんです。そのことをしっかりと自覚すると楽になります。

学校へ行っていたら安心でも大丈夫でもない。学校へ通うことをがんばるより、また将来を心配することよりも、「考える力」をつけること、これがとても大切です。私が思うに、学校で「覚える力」は身につくかもしれませんが「考える力」は身につかないな、と。今では、学校以外の学びや無料の学習教材もたくさんあります。ネットで情報収集もできます。親自身がまず情報を集めて安心するのがよいですよね。親が楽になれば、子どもも楽になっていくように思います。

――不登校の子を持つ親にできることはどのようなことだとお考えですか?

 そもそも論として、親に心構えを説いたり、最初からあれこれ対応を要求するという関わり自体がダメ、というのが私の考えです。では、何をするか。親のがんばりをねぎらうことです。親はみな、自分なりにがんばっているんです。それを認めることから始めないと、親をもっとつらくさせるだけです。親はみな、もういっぱいいっぱいがんばっているんですから、そこからさらにあれこれ求めても、できないですよね。

 私がとにかくつらかったとき、救われた言葉があります。絵本の読み聞かせグループに参加していたとき、つらい気持ちや不安を話したことがあるんです。そうしたら、まわりの仲間が「あんたの子どもやから、まちがいないやん。大丈夫」と言ってくれたのです。「どうしたらよい、こうしたらよい」などといっさい言わずに「あなたはあなたのままでちゃんとがんばってきたんでしょ、えらい!」と言われたことが本当に支えになりました。今思い出しても涙が出そうになるくらいです。

 だから、私は親にはまず「しんどいよね、がんばってるね」と伝えることから始めます。そのうえで「こうしてみたらどう?」と具体的に提案します。それでうまくいかなければ「じゃあ、別の方法を考えてみよう」と言います。

 「自分の子どもやから大丈夫!」と親自身が思えるようになることが大事です。たとえやり方がまちがっていたとしても、親はすでにがんばっているじゃないですか。「ちゃんとがんばっている私の子どもだから大丈夫」と思えたら、子どもも大丈夫と思えるようになると考えています。

――ありがとうございました。(聞き手・小熊広宣、編集・麓加誉子)

【プロフィール】中尾安余(なかお・やすよ)
大阪府富田林市で活動する「結空間」代表。2人の子どもが不登校を経験。

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