不登校新聞

290号(2010.5.15)

いのちとはなにか「大谷恭子さんに聞く(下)」

2020年10月23日 12:06 by yuikihara
2020年10月23日 12:06 by yuikihara



今回は前号に引き続き、永山則夫裁判を弁護した大谷恭子さんのお話を掲載する。

――光市母子殺害事件(18歳少年が2名を殺害)も永山裁判と同様に、少年に死刑を求めた裁判でした。

 雰囲気は、ほとんど同じだったと思います。光市母子殺害事件の場合は、被害者が直接、記者の前で訴えたこともあり、よけいに扇情的というか、ほとんど死刑コールの報道でした。

 死刑制度があるがゆえに死刑コールが許される、ということも言えます。裁判官が死刑を選択できるのに無期懲役を選んだ、そのことを「判決批判」というかたちで報道する。それはわかりづらいですが「殺せ」と言ってることとまったく同じことなんです。私は永山さんの裁判に関わるまで、死刑制度をよく考えていたわけじゃありませんでした。しかし、裁判のなかで、制度として人が人の死を選べること、殺人を望める社会であること、それは社会の質の問題として、絶対に容認できないと思ったんです。

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