不登校新聞

290号(2010.5.15)

いのちとはなにか「大谷恭子さんに聞く(下)」

2013年12月20日 16:20 by nakajima_


今回は前号に引き続き、永山則夫裁判を弁護した大谷恭子さんのお話を掲載する。

――光市母子殺害事件(18歳少年が2名を殺害)も永山裁判と同様に、少年に死刑を求めた裁判でした。
 雰囲気は、ほとんど同じだったと思います。光市母子殺害事件の場合は、被害者が直接、記者の前で訴えたこともあり、よけいに扇情的というか、ほとんど死刑コールの報道でした。

 死刑制度があるがゆえに死刑コールが許される、ということも言えます。裁判官が死刑を選択できるのに無期懲役を選んだ、そのことを「判決批判」というかたちで報道する。それはわかりづらいですが「殺せ」と言ってることとまったく同じことなんです。私は永山さんの裁判に関わるまで、死刑制度をよく考えていたわけじゃありませんでした。しかし、裁判のなかで、制度として人が人の死を選べること、殺人を望める社会であること、それは社会の質の問題として、絶対に容認できないと思ったんです。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

第18回 寝屋川教師刺殺事件【下】

232号(2007.12.15)

最終回 家庭内暴力とは何か【下】

232号(2007.12.15)

第232回 不登校と医療

232号(2007.12.15)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

474号 2018/1/15

安冨さんは2013年から女性向けの服を着る「女性装」をするようになった。「...

473号 2018/1/1

2017年も、子ども若者に関わるさまざまなニュースが飛び交いました。そこで...

472号 2017/12/15

みんなが学校に行っている時間帯は「楽しいこと」をしてはいけないって思ってい...