不登校新聞

374号 (2013.11.15)

不登校その後「家を中心に18年」

2014年07月15日 17:31 by shiko


 今号のインタビューは堂満由美さん(31歳・埼玉県在住)。13歳で不登校をし、以来ほとんどの時間を家中心ですごしてきた。不登校当時の思いから、進路について悩んでいたころのお話を中心にうかがった。

――いつから不登校が始まりましたか?
 もうかなり記憶は断片的になってますが、小学校5~6年生のときに、なぜか朝起きると体がだるくて重くてつらくて行ける状態じゃなくなっていったのが始まりです。なので最初は私も母もただの体調不良だと思っていました。

――理由はなんだったのでしょうか?
 それがまったくわからないんです。当時、一番悩んでいたのもそこです。いじめがあったわけでも、学校がイヤだったわけでもない。でも、朝起きると体が重い。自分を責めてもどうすることもできない。毎日、母から「今日はどうする?」と聞かれては「行きたくない」とは言いづらくモジモジしてしまう。そういう朝が最低でも1年以上続きましたが、すごくつらい時間でした。

――家族の反応は?
 まず3歳下の弟は、いっさい何も聞いてこなかったです。その後も、弟は不登校をしていないし、気にしてたのかどうかもわからないです(笑)。父はたま~に夜中、私の部屋に来て諭すというか、「考え方を切り替えてがんばろうじゃないか」と励ましてました。

――どう感じてましたか?
 頼むから早く出てってくれ、と(笑)。当時の私は、何を言われても内容が耳に入ってこないというか、なんで行けないのかは自分が一番悩んでいるし、それでもどうしようもないのにつらいなあって。ただ、中学校進学時は父と長い時間、話して行くことにしました。というのも、自分自身、そこに賭けていたんです。

毎朝の押し問答


――結果は?
 2週間ぐらいは通ったのかな(笑)。このころになると、だんだんと学校のイヤなところが、目につくようになっていたのもあります。とはいえ、やはり「行かなければ」という思いは、私にもあったので、また毎朝のように「今日はどうする?」という母との押し問答が続きました。

 ひと段落したのは、母が見つけてきたフリースクール「東京シューレ」と家を中心にすごす家庭を応援する「ホームシューレ」に出会ってからです。最初は東京シューレに通っていました。正直、どこかに通うということだけで私も母も安心したのはあります。ただ、本当の意味で私にとって居場所になったのはホームシューレでした。ホームシューレが発行している会報誌『ホームシューレ ばる~ん』を見たとき、「この人たちの仲間入りをしたい!」って。『ばる~ん』はおもにスタッフがつくるページと会員からの投稿ページに大別されますが、内容は投稿がほとんど。そこには会員さんが描いたイラストがいっぱいありました。昔から私は絵を描くのが好きだったし、会員さんと絵を通してやり取りができる。初めて自分の投稿に返事があったときは、そりゃあもう怪しげなほど浮かれてました(笑)。

 ホームシューレと出会って以後は、どこかに通う生活から家を中心に暮らすことになりますが、だんだんと毎日は楽しいものに変わっていきました。


写真左 親向け会報誌『親から親へ伝えたいこと・メッセージ』
写真右 子ども向け会報誌『ホームシューレばる~ん』
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