不登校新聞

374号 (2013.11.15)

第28回 ADHD③

2013年12月25日 14:18 by koguma


連載「子ども若者に関する精神医学の基礎」


「自尊感情、2つの意味~"セルフ・リスペクト”と"セルフ・エスティーム”」


 これまで、「自閉症スペクトラム」や「ADHD(注意欠陥多動性障害)」を中心に、発達障害についてお話してきました。2006年に「発達障害者支援法」が成立し、広く学校関係者、親、支援者の間でも大きな注目を集めています。「発達障害の子どもが増えている」という話もよく聞くようになりました。こういった流れのなかで、医療的には次の4点が、取り組むべき課題としてクローズアップされています。

 ①発達特性の問題、②適応行動の問題(集団からの逸脱)、③併存(随伴)症状(感覚過敏および鈍磨、運動障害、多動、てんかんなど)、④合併症・二次障害です。

 もちろん、これまでお話したように、私は①~③については、あまりたいした問題だとは考えていません。むしろ、上述したような「発達障害の子どもが増えている」といった一方的な見方や、「だから治療的支援が必要だ」という子どもへのまなざしのほうに大きな誤りがあると考えます。どうしてこんな一方的な見方やまなざしが出てきたのか? これまでの復習になりますが、その答えは、この200年あまりの社会構造の変化に見い出せます。

 人類は、工業化よって自然的ルールより人為的なルールを身につける必要性に迫られ、「学校」をつくりました。その教育内容が変化するにつれ、子どもたちは遺伝的に形成された「自然から学ぶ」という成長のためにもっとも重要な機会を大きく奪われました。さらに、人為的なルールに沿うのが苦手な子どもを問題児と見なす傾向も強くなりました。とりわけ、自然破壊が進行すればするほど、人為的社会がその意に沿わない子どもを排除しようとする力が強まるという悪循環のなかで、発達障害とみなされる子が増える仕組みができてしまったのです。

 たとえば、計算力なんて、本当に万人に意味があるのか? 日本では、計算を理解できるようにどう指導するかに、力が注がれます。しかし、計算が苦手な子どもに算数を無理に教える必要はなく、電卓を使いこなせれば十分なはずです。こう書くとブーイングが出そうですが、手厚く算数を教えようと工夫してきたスウェーデンの教育に、1970年代に大反省をもたらした調査報告があります。学習困難児(当時、「ADHD」と「LD(学習障害)」は、多動の有無というちがいはあっても、いずれも学習困難児としてひとくくりにされていました)の長期予後調査で、「計算が苦手な子ども」について次のような結果が得られたというのです。彼らは、大人になると、そのほとんどが計算を必要としない職業につき、算数とは無関係な生活をエンジョイしている、と。
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