不登校新聞

291号(2010.6.1)

いのちとはなにか「高草木光一さんに聞く(上)」

2013年11月15日 16:49 by shiko


新概念「与死」論を問う


 前回、前々回では死刑反対を訴える大谷恭子弁護士に登場していただいた。当然、死刑賛成派の意見も載せるべきではあるが、代わりに松村外志張氏の「与死論」についてとりあげたい。与死とは「一定の判定基準を満たした者に社会の規律として死を与える」こと。終末医療患者などがその対象に想定されている。与死の概念は、死刑を規定する概念とも重なる。連載を通して「与死論」とともに死刑についても考えてもらえればと思い、慶應義塾大学の高草木光一さんにインタビューをした。高草木さんは与死について批判的な立場をとりながらも、積極的に与死論の本質を読み解いている。

――松村外志張氏が提起された「与死」とは、どんな概念なのでしょうか?
 私は、社会思想史学会で2006年に「『人間』概念の変容と生命倫理」というセッションを立ち上げ、その世話人をしています。先端医療は、「人間」や「いのち」という概念をも変えてしまう可能性を持つまでに発展してきました。昨年2009年の改正臓器移植法によって「脳死=人の死」とされましたが、これは大きな「いのち」概念の変容と言ってよいでしょう。一方、遺伝子操作によってどのような形質をも人為的につくり出すことが可能になり、人間の臓器や組織を動物の体のなかで育成させるキメラ実験がすすんでいけば、「人間」概念もまた変わってくるでしょう。そのような時代をわれわれはどう生きるべきか、というのがこのセッションを立ち上げた動機です。

与死の概念とは


 そのセッションの4回目となった2009年11月の学会では、「与死」という概念を提起されている松村外志張氏に報告をお願いし、関西学院大学教授の土井健司さん、ALS協会理事の川口有美子さんに討論者になっていただきました。

 松村氏の「与死」概念は、日本移植学会の学会誌『移植』40巻2号(2005年)に掲載された論文「臓器提供に思う──直接本人の医療に関わらない人体組織等の取り扱いルールのたたき台提案」で提起されたものです。ただし、どのような背景で与死という概念が生まれたのかは、ハッキリしませんでした。「とんでもない概念だ」と批判する人たちはいても、真剣な議論の場に乗ることはなかったように思います。

 松村氏の「与死」の定義は、『移植』の論文によると「科学的な根拠に基づき、国会の承認を経て定義された一定の判定基準を満たしている者に対して、遺族あるいは親密な関係者が死を与えることを、本人が生前に遺族に対してそのような判断を委ねている場合には、非倫理的であるとは見なさないとする提案」としています。しかし、これでは、あまり「脳死」と変わらなくなってしまいます。この定義のなかで重要なのは「科学的な根拠に基づいて」ではなく、「一定の判定基準を満たしている」ことです。むしろ、「科学的な根拠があろうとなかろうと」と言ったほうが、松村氏の本意に近いだろうと思います。

 

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