
連載「子ども若者に関わる精神医学の基礎」
今回からのテーマは「統合失調症」。誤診と薬剤療法という2つの切り口を中心に考えていきます。
「統合失調症」は以前、「精神分裂病」と呼ばれていました。70年の歴史を持つこの病名が、あらためられたのは2002年。日本精神神経学会は、「言葉そのものが持つ語感の悪さ」「非人道的に扱われてきた歴史」「病態を解明するうえで精神の分裂という表現は適切でない」などを理由に、病名の変更に踏み切ったのです。その背景には、診断や治療などに対する考え方が昔と比べて大きく様変わりしたことがあります。
統合失調症の症状として、よく知られているのは、「幻聴」「妄想」「思考障害(奇妙な考え方)」などでしょう。たとえば、Aさん。彼女は、診察中ずっと直立不動でした。理由を聞くと、「『きちんとした姿勢でいないと、お前の両足を燃やしてしまうぞ』という声が聞こえる」と言うのです。誰がそんなことを言うのかと問えば、「闇の組織だ」と言う。なんでそんな組織に関係があるのかと聞くと、「昔、自分がふざけて遊んでいたことを組織が感づいたんだと思う」と答える。
一般的に考えてあり得ない話だと思うのですが、本人は固く信じ込んでいる。昔なら何の疑いもなく、「統合失調症」と診断されたケースです。
統合失調症か発達障害か
しかし、よくよく話を聞くと、まったく筋道が通らない支離滅裂な話とは言い切れないところがあるのです。Aさんには、思春期の終わりごろからずっと「家族や世間に認められるようなことを、きちんとできないまますごしている」という自己否定感が続いています。それが徐々に強まっていき、「そんなダメな人間がイスに座って楽をしていいはずがない」「そんなことをすれば誰かの怒りを買って糾弾される」と、自罰的な思い込みを募らせてきたようです。さらに追い打ちをかけるような、さまざまな悪い体験も加わり、ついに極端な思考が身についてしまったと思われるのです。
もしこう考えるのがまちがいでなければ、Aさんの診断はちがってきます。じつは、広汎性発達障害(PDD)と診断される人のなかに、よく似た話をする人が少なくないのです。
医学界も、発達障害を統合失調症と誤診する傾向が高いことを、近年指摘するようになりました。『精神科治療学vol・23』(2008年)の特集は、「アスペルガー症候群と統合失調症辺縁群」で、担当したのは中安信夫さんです。彼は、日本の「早期統合失調症」研究における第一人者です。その彼が学会から依頼されて、同じような課題について講演したのを聞き、正直驚きました。講演ではカルテの1ページ目が、スライドで表示されました。初診時のケースのようすが描かれているのですが、その書き出しを数行読むなら、通常なら発達障害と診断されるのが当然という記述だったからです。
発達障害では、前回までお話してきたとおり、物の考え方や正当性を「こちら側(多数派)の論理」で判断すると、一方通行のまちがえが起こってきます。じつは、「統合失調症」においても、まったく同じようなすれちがいが起こるのです。それにしても、中安さんほどの大家が、かんたんに誤診するくらいです。誤診例が多発しても、不思議ではないのかもしれません。
石川憲彦さんの著書『みまもることば』

誤診がもたらす投薬の長期化
Bさんは「統合失調症」と診断され、これまで10年近く何か所も病院をまわり、入院も3回経験しました。医者を変えるたびに薬が増え、私のところに来られた時はなんと9種類で30錠以上の向精神薬を服用していました。私は「解離性障害」を疑って薬を徐々に減らしました。数カ月後には、まったく薬なしで、症状のほとんどは改善しました。
解離性障害は、もともとイメージ性が豊かな人に起こります。そのイメージが楽しい方向に膨らんでいるときには、問題はありません。絵本や推理小説などの創作や芸術活動など、ポジティブな創造活動に才能を発揮する人も少なくありません。
しかし、イメージは否定的な方向に膨らめば膨らむほど、本人を苦しめることになります。「イスに座ったら両足を燃やされる」と思い込んでいたAさんとは別の思い込みから、「統合失調症」という誤診が独り歩きすることがあるのです。
誤診がもたらす問題の一つが、Bさんのように投薬の必要がない人が長年服薬を続けてしまうことです。時にはそれどころか、不要な薬で症状が悪化したり、新たな症状が生み出されたり、正しく診断されていたら有効なはずの薬が投薬されなかったりというようなことも起こります。

石川憲彦さんの著書『こども、こころ学』
「強迫神経症」や「醜形恐怖」のような不安性障害も、そういった誤診を招きやすい障害です。予期不安や強迫観念が頭のなかで堂々めぐりして苦しいと訴えたいのに、うまい言葉で説明することができず、「統合失調症」の妄想や幻覚だと受け取られることが少なくありません。結果として「統合失調症」とされ、誤投薬による悪化を招きかねないのです。
また「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)でも、誤診は起きます。この場合、先ほどお話した解離症状に対する誤診も起こりますが、記憶処理の問題も誤解を招きます。
たとえば、本棚の本がすべて落下するほどの大地震を体験し、恐怖のあまり、ふだんの自分とは別人のようにふるまうといった状態を想定してみましょう。人間の記憶は、非常に断片的なもので、すべてがうまく関連づけられて記憶に残っているわけではありません。地震体験の意識的な記憶から、本の落下などという問題は完全に抜け落ちてしまう人もいます。しかし、無意識の記憶には、恐怖も本の落下も結びついて残っていることがあります。
そんな場合、ふとしたとき、本が落下するようすを目にするだけで、恐怖の記憶が生々しく呼び出されることが起こります。本が落ちただけで恐怖が起こる。しかし本人には、なぜそうなるのか理解できません。人間は意味なくおびえることは嫌いなので、なんとかつじつまを合わそうと、へんな理屈をつけることがあります。こうなると、支離滅裂な話に聞こえ、誤診につながることがあるのです。(つづく)
■講師 林試の森クリニック院長・精神科医・石川憲彦
(いしかわ・のりひこ)1946年生まれ。精神科医。 87年まで東大病院を中心に障害児医療に携わる。94年からマルタ大学にて社会病理・教育臨床の研究と社会医学的調査を行なう。04年に東京都目黒区に林試の森クリニックを開業。
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