不登校新聞

287号(2010.4.1)

私の不登校その後 恩田夏絵

2014年05月14日 14:27 by kito-shin


 今回は恩田夏絵さん(23歳)。小中学校で不登校をし、現在はピースボートで働いている。今年、「船の中でフリースクールを開きたい」という念願が具現化するそうだ。恩田さんに、不登校経験について、準備されている「グローバルスクール」について、うかがった。

海の上にフリースクールをつくりたい


――いつから不登校をしていましたか?
 いつからかというのは難しいんですが、義務教育期間は、だいたい半分ぐらいしか行ってません。学校があわないというか、「学校ってなんなんだろう?」と、はじめて疑問に感じたのは、小学校2年生のときからです。それからは行ったり、行かなかったりをくり返していました。

 中学校は、ちゃんと行ってみようと思ったんですが、半年ぐらいで行かなくなりました。今度は、ただあわなくて行かなくなったというより、人間関係に悩みました。というのも、中学生になると、いじめというか、思春期だからというか、他人と自分がちがうことへの理解が追いつかないんだと思うんです。とくに女子は「みんなと同じに」っていう圧力がすごい。集団トイレや流行りすたり、全部が全部、みんなの空気を読んでいないといけない。空気を読んでいないと、人から拒絶されるし、仲間はずれにされたら恐い。私も、みんなにあわせようとしてたこともありましたが、そういう自分がイヤでした。あともう一つ、「がんばるのがダメ」っていうのもキツかったですね。空気としては、なにをするにも『乗り気じゃない姿勢が一番よくて、がんばるのはカッコ悪いこと』。そういう空気を打破したかったんですが、痛い目にあったので、それはその後も引きずりました。

ひきこもりは私の原点


――それからは?
 中学校2~3年生のときは、ほぼガッチリひきこもりました。この2年間は、自分のなかの原点だと思うんです。表面上は、和太鼓や芸術関係の趣味を持てたということがありますが、内面ではすごく葛藤しました。苦しかったですが、やはり、この期間は原点になっています。
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