少年事件の容疑者が逮捕されると、とっさに19歳だった私自身を思い出す。薄暗い部屋で写真を撮られ、10本の指すべての指紋を採取され、下着1枚になって身長や体重を測られたあと、机ひとつの取調室で、ごつい体格の無愛想な刑事と向き合った。

 私の場合は逮捕理由が政治的なものだったから、完全黙秘すると決めていた。私はありったけの友人知人の顔を思い出し、頭のなかで一人ひとりとおしゃべりした。ガールフレンド、デモや集会をいっしょにやった友人、私が脱走を助けた米兵もいた。私は取調官に何を聞かれても答えず、彼らとの無言の対話に夢中になった。それだけに熱中した。

 2000年代最初の10年、世の中を驚かせ、暗い気分にさせた少年や若者の犯罪は少なくなかった。17歳の少年が高速バスを乗っ取った事件(佐賀県/00年)、15歳少年が隣家の6人を殺傷した事件(大分県/00年)から始まって、小6女子児童がカッターナイフで同級生の女の子を殺害した事件(長崎県/04年)、16歳の少年が自宅に放火し、母親と弟妹を焼死させた事件(奈良県/06年)、さらには25歳の派遣労働者が秋葉原の路上で起こした無差別殺傷事件(08年/東京都)まで、私たちの記憶の層には凄惨な犯罪の影が道標のように打ち込まれている。

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