連載『不登校の歴史』



 私たちが出会った過剰医療とは、どんなものだったか。

 ある女子中学生は、不登校が始まって3カ月くらいのとき、不眠、イライラ、気分の落ち込みを訴え、家族がテレビで知った児童精神科医に連れて行った。5分と話を聞かず、1日5種類、計14錠にもなる薬が投与された。まもなく、彼女は、いつもぐたっとし、まっすぐ歩いたり、座ったりできなくなり、よだれが出始め「これはおかしい」と思った父親が電話してきた。筆者が知っている子だったため、「本人がよければいっしょに来てください」とお願いして会った。表情がなく、目がうつろでソファに身を預けるやドタッと落ちそうになり、3週間前に会ったその子とは信じられなかった。不眠、イライラ、気分の落ち込みなどは、不登校の経緯からいって起こり得る状態で、こんな多剤多量の薬が投与される必要はないと思ったし、本人が「薬を飲んでから自分が自分じゃないようになった、もう薬はイヤ」と言うので、お父さんに「すぐ予約を取って、できるかぎり薬を減らしてください、とお願いに行かれたほうがいいと思いますよ」とお伝えした。2週間後、本人とお父さんがまた来られたが、びっくりした。もとのその子に戻っている。背筋を伸ばして、シャキッと歩くし、きちっと座っている。よだれも出ていない。「あの医者にはもう会いたくない」と言って、本人が勝手に薬をやめてしまったらしい。最初はちょっと苦しかったが、いまはすっきりしていると言い、さらに「スポーツしてくるね」と、しっかりした足取りで行ってしまった。

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