連載「子ども若者に関わる精神医学の基礎」
今回を以て、「子ども・若者にかかわる精神医学の基礎」と題してお話してきた本シリーズは、ひとまず終了とします。
これまで、「精神とは何か」と題して精神現象の理解という点から話を始め、「薬剤」「強迫神経症」「自閉症」「ADHD」「統合失調症」と、続けてきました。
まだ触れていない課題として、気分障害(うつ病)、人格障害、摂食障害、依存と自立、虐待・DV・トラウマ、セックスとジェンダーなどがあります。それらはまたいつかお話するとして、ここまでをふり返ってみます。
病気と障害のちがいは何か
現在の日本は「児童精神科ブーム」です。「発達障害者支援法」の成立を機に、まことしやかに「発達障害の子どもが増えている」などと叫ばれ、特別支援教育の拡充がすすめられています。
しかし、くり返し指摘してきたように、精神障害はこの200年間の社会の変化によってつくり出されてきたものです。このため、精神医学が扱う疾患は、「病気(Dis―ease)」と区別して「障害(Dis―order)」と呼ばれます。
「障害」と日本語訳されているのは「order(オーダー」)」の否定語、つまり要求(秩序・命令など)に従えない状態という意味の言葉です。
最初の100年は「職人気質の知恵が重視された自然性の高い社会」から「合理的かつ効率的な工業人」が尊ばれ、野生的に興味が拡散するような子を「ADHD」に仕立て上げたのです。
この社会は、いまも次々と異なる無理な要求を私たち人間に求め続けています。20世紀後半には、形ある実体ではなく、実体とは無関係にイメージだけを生産する情報産業社会の幕が開きました。
この社会の新しい要求が、イメージと実体を結びつけて考える着実な認識を大切にする人たちを「自閉症スペクトラム」などとして問題視し始めます。これが、現在の軽度発達障害ブームを産み出しました。
さらにこの社会は、「社会の要求にどの程度沿えそうか」を自分でイメージ化して自分の価値を評価すること(セルフ・エスティーム)を強く求めるようになりました。
では、社会要求が将来再び変わるとしたら、どうなるのでしょうか。極端な話に聞こえるかもしれませんが、いま騒がれている精神障害が後方に押しやられ、別の新たな障害を問題視する時代が始まるでしょう。
この点がガンのように、時代の要求より医療技術の進歩で変化する病気と、障害の大きなちがいです。私は、割と近い将来、社会をくつがえすような変化が起こると確信します。ですから、現在の一時的な要求に対する「セルフ・エスティーム」に振りまわされるのはやめて、根本から問題を解決していく時が来ていると考えます。
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