私の不登校が始まったのは中2の9月なかばのことだった。ガリ勉でテストの点数がすべてと思っていた私は、ある日、勉強のしすぎで無理していたからか、強迫性障害になり、学校に行くことができなくなった。

 はじめは「不登校」ということに対し劣等感しかなかった。「学校に行かなければ、死ぬしか道はない」と信じて死ぬ気で勉強してきた私が、なんでいまこんなことになっているんだろう、と。

 しかしいつからだか分からないが、私は学校というレールからはずれ、不登校という生き方をしている自分が好きになっていた。たぶん、不登校を初めてから7年~8年は経ってから、そう思い始められたのだと思う。

支えになった人と居場所


 そのきっかけはフリースクールだった。高2の秋からフリースクールに通い、いろいろな生き方をする友だちと出会ううちに、昔の私のように、「用意されたイス、用意されたカリキュラム、それらをただ与えられ従うことが生きていくうえで本当に役に立つのか?  それは本当に重要なことなのか? 」と疑問に思ったのだ。むしろ、自分で見つけだして獲得したイス、自分で決める日々のカリキュラムを探し、まっとうすることのほうが難しいしスリリングで楽しい、そう思い始めていた。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。