不登校新聞

381号 (2014.3.1)

登校拒否を考える会30周年 シンポ抄録

2014年02月27日 16:56 by kito-shin

森道子さん(写真左から2人目)

 2月16日、「登校拒否を考える会30周年の集い」で行なわれた親シンポジウムについて、お二人のお話を今号と次号に分けて掲載する。今号は、森道子さん。わが子の突然の不登校。親として何ができるのかと悩み、つねに湧いてくる不安とどう向き合ったのか。そして、自身を支えてくれた親の会とは何だったのか。

目の前の子どもを感じて


 現在40歳になる次男が学校に行かなくなったのは、小学3年生のときでした。うちは自営業ですので、家ですごす息子にずっと寄り添うわけにもいきません。働きながら「母として何ができるのか」と不安になったり、「いつかまた学校に戻るかもしれない」と期待する毎日。揺れる自分の気持ちにぐったり疲れてしまうこともしばしばでした。そんな私にとって、一つの転機になったのが「登校拒否を考える会」との出会いでした。

 中学生になった息子は1学期だけ学校に通ったものの、ふたたび行かなくなり、卒業のときに夜間中学を希望して1年間行き、そのあと定時制高校に4年間行きました。定時制高校を卒業した後、息子は料理の道に進むことを選び、料理学校に通い、私の判断でフランスへ留学させました。

 4年前(2010年)、お惣菜店をやろうということになり、その話を息子にすると「僕も手伝う」ということで始めたのが今のお店です。ダシの取り方一つとっても息子の仕事は懇切丁寧で、お客さんの評判も上々です。「お兄ちゃん、これどうやってつくったの?」なんてお客さんとのやり取りを見ていると、じつにイキイキとしていて楽しそうなんですね。

 「学校に行くことがすべてじゃない」。私がそう思えるようになるまでには紆余曲折ありましたし、息子とのやりとりのなかで気づかされることもありました。

 息子が17歳のときです。私は自分のつらさを表に出さないよう努めていたつもりだったのですが、思っている以上に落ち込んでいたんでしょうね。見かねた息子が「僕の親を17年もやっているんだから、もう少し自信を持ってもいいんじゃない」って言うんです(笑)。なんというか、息子の優しさに触れたように感じられました。

 今日、この会場に来るときも「途中まで送っていこうか」と声をかけてくれたり、ふとした瞬間に息子の気遣いを感じます。でも、最初からそうだったわけではありません。いろんなことに葛藤しながらも、息子は息子のペースで歩み続けるなかで、人に優しくすることを学び、自信を一つずつ積み重ねていったんじゃないかと思います。
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