連載「不登校の歴史」


 2010年7月、日本のフリースクールの草分けの一つで、日本の不登校運動を市民活動としてセンター的役割を果たしてきたNPO法人東京シューレが、満25年を迎え、北区王子駅そばの「北とぴあ」で、25周年祭を開催した。
 
 25年と言えば、四半世紀である。
 
 文科省の学校基本調査による小中学校の不登校数は前年度12万2432人で、2年連続減少という発表があった。減っているといっても、ここ10年、12万人以上という高い数字で微増微減しながら高止まり状態にあった。
 
 これは、東京シューレ誕生の1985年のころの約4倍だった。それぞれの子どもは、学校が苦しくて、または自分に合わなくて、学校と距離を取ることになっていったが、学校へ行って当然とされる社会のなかで、自らの存在は否定されがちだった。学校へ行かなくなるまでにも権利を守られず、行かなくなってからも学校へ戻されようとして本人の最善の利益などふっとんでしまい、二重の権利侵害を受けていた。
 
 そのなかにあって、学校は休めるよ、学校以外の育ちもあるよ、と通ってくる学校外の居場所をつくり、家庭で育つ道もあるよ、とつながりをつくり出し、学校のみが成長の場ではないことを、実践的に生み出していったのが東京シューレだった。


この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。