シリーズ「発達障害」


 今回のシリーズ発達障害は精神科医・高岡健さんにお話をうかがった。高岡さんには、発達障害が広がった背景にある社会構造の問題から、教育や労働のあり方について、お聞きした。

――高岡さんは、英米で発達障害が成立する過程に社会階層の問題があると指摘されてますね?
 カナーによる自閉症と、アスペルガーによる自閉的精神病質が初めて論文発表されたのは、1943年、1944年のことです。ここには、知的障害から「良い潜在的能力を持っている」人たちを分けようとする〈まなざし〉がありました。しかし、これらの考え方が精神医学のなかで広く受けいれられたのは70年代以降のことで、80年代になると、自閉症スペクトラムの概念が一気に拡大されて、さまざまな論争が起きました。

 その背景には、80年代イギリス、アメリカの新自由主義の流れがあります。「小さな政府」と「自己責任」をキーワードに社会が動かされていくなかで、白人のアッパーミドルクラスの親たちによって、高機能自閉症やアスペルガー症候群のわが子に居場所を確保しようという動きが起きました。

 ADHDの概念が広まったのは、やはり70~80年代のアメリカです。また、70年代からリタリンの使用が爆発的に増加しはじめました。このADHDについての流れと、自閉症スペクトラムの流れとのちがいは、対象がアッパーミドルクラスかワーキングクラスかのちがいと言えます。

 危機的な状況の学校で、ワーキングクラスの子どもたちが管理の対象として扱われることになったのがADHDだと言えます。しかし、双方とも、新自由主義と密接なつながりがある。いまで言うADHDの診断率は、85年当時、アメリカで2%、イギリスで0・05%で、40倍ほどの開きがありました。ところが90年代以降、この差が縮まっています。現在、アメリカでは7・5%、イギリスでは0・53%です。どちらも増えていて、差も縮まっている。

 これは、ほんとうに実数が増えているのか、それともラベリングされる数が増えているだけなのか、証明のしようがないのでわかりませんが、これだけ数字に差がある障害・病気は、いわゆる風土病以外にはないですから、社会変化的な理由があることだけは、たしかだと言えるでしょう。

――日本では、どうでしょう?
 日本では90年代後半から急速に、高機能自閉症やアスペルガー症候群が使用されはじめました。その背景にあるのは、一口に言えば少年事件です。神戸の酒鬼薔薇事件などがきっかけになっている。ADHDについても、90年代後半に、いわゆる学級崩壊が騒がれるようになってから、ひんぱんに使われるようになりました。

 ただ、日本の場合、発達障害と階層問題は、ダイレクトには結びついてこなかった。イギリスの階級社会や貧富の差の激しいアメリカと比べ、日本は一億総中流を築いてきたわけで、これは先進的だったんだと思います。ところが、10~20年遅れで新自由主義を導入し、しかも世界同時不況だけはいっせいに来た。この格差が階級にまで分化していくのか、今後はまだ未知数でしょうね。

 新しい思想が立ち上がる時代

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。