連載「不登校の歴史」


 佐賀バスジャック事件を起こした少年は、人の命を奪い、傷害を負わせた。重大な犯罪行為を犯したことは許されないし、取り返しのつかないことである。しかも自分が恨んでいる特定の人ではなく、相手は無差別だった。

 幼児のころや小学生のころは、輝くような笑顔の日々があったにちがいない。しかし、この事件は、死ぬまで彼が背負っていかねばならない。亡くなった人も悲惨だが、少年の人生も悲惨だ。凶悪事件の犯人……、「こんな事件を起こすのは身勝手だ」「不登校をするような少年は何をしでかすかわからない」などの言葉が飛び交った。

 しかし、少年だけが悪いのだろうか。前号で述べたように、少年がしだいにおいつめられ、魂はずたずたに傷つき、自己存在は崩壊、自己否定の極地に至ったと思われる。彼は、自分が生きていたくなかった。死を覚悟していただろう。しかし、これまで自分をないがしろにした多くの人、社会を許すわけにいかない。もっともわかってほしかった親が、わかってくれなかったつらさ、くやしさも何とかしなくてはおさまりがつかない。

 「覚えていろよ、ただじゃすまないからな」

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