不登校新聞

385号 (2014.5.1)

不登校当事者手記 愛してるけど嫌いという葛藤

2014年05月24日 18:48 by kito-shin


 私は母との親子関係をこじらせて「摂食障害」になった。親とは距離をとろう、そう決めて一人暮らしを始めたが、食事がつくれない。ある日、食生活に危機感を覚えた私は、真夜中、24時間営業のスーパーに買い物に行った。
 
 商品を選ぶあいだ、手が震えた。私はいまも母を許していない。その母から生まれた自分も許せない。その私に食べ物を与えるのが許せないのだ。それでも、なんとか米や納豆、野菜をかごに入れ、会計を済ませ、袋詰めをするために台の上にカゴを置いた。ちょうどそのとき目の前に「母の日」の広告があった。ここで心は完全に折れきった。
 
 私は不登校、ひきこもりである自分にずっと罪悪感を抱いてきた。
 
 小学校1年生から今にいたるまで就学も就労もしていない。生活費も家事もすべて親にやってもらった。勉強もまったくしていなかったし、両親には「仕方ない」と容認してもらっていた。そうしてもらっているあいだ、就職するために勉強しているわけでもない。ずっと恥ずかしい、申し訳ない気持ちだった。そんななか訪れる「母の日」は毎年、憂うつだった。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。

すでに登録済みの人はこちらからログインしてください。

関連記事

読者コメント

コメントはありません。

バックナンバー(もっと見る)

463号 2017/8/1

休んでいるあいだは、ずっと押入れにひきこもって生活していました。押入れの中...

462号 2017/7/15

学校に行かなくなったのは体調を崩したことがきっかけでしたけど、決定打になっ...

461号 2017/7/1

私もなんとか学校へ行ってましたが、人生で一番つらかったのが中学時代です。だ...