連載「子ども若者に関する精神医学の基礎」


 「強迫」は、「脅迫」とよくまちがわれます。でも、もともと、人間の未来を想像する能力が飛躍的に向上した結果、登場した推量と確認の能力が強迫性です。過去の成功から忠実に学び、未来を正しく先取りして、失敗を防ごうと工夫する防衛力と言えるでしょう。じつは、文明を進歩させ、科学を発展させてきた最大の原動力と言ってもいいくらいです。

 精神医学は、強迫を、強迫「観念」と強迫「行為」にわけます。「観念」というのは、「してはいけない」ことを「するんじゃないか」(逆に「しなくてはいけない」ことを「してないんじゃないか」)と考えたり、「つい、してしまいそうになる」衝動や「実行する場面が浮かんできてゾッとする」といったイメージなどがふと頭に浮かぶことです。浮かぶだけならいいのですが、自分では考えないでおこうとしても、この観念は「だいじょうぶ?」「ほんとにいいの?」と、離れずにしつこくつきまとってきます。まるで命令のようにしたくないことをさせ、したいことをできなくさせます。

 こう書くと、「させられ体験」という統合失調症の症状に似ていると、思われるかもしれません。けれど、それとはちがい、本人は、「観念が、外部からの押し付け(思考吸入)ではなく、自分の心の産物だ」と承知しています。

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