◎連載「不登校の歴史」 


 2000年7月、IDEC(世界フリースクール大会)の日本開催は、成功裡に幕を閉じた。多くの人の協力で実現したが、とりわけ東京シューレの子ども・若者は自分たちで立候補しただけあって、すばらしい力を発揮した。終了後、分厚いIDEC報告集「子どもが創る・子どもと創る」も発行している。このIDECの開催は日本の不登校史に残るだろうと感じた。

 翌月に当たる8月、毎年発表されている文部省の学校基本調査速報では、小中学生の不登校は、13万人になった。この年から、66年から行なわれていた「年間50日以上の欠席者数」の調査が打ち切られ「年間30日以上調べ」のみになった。なぜ50日から30日になったかといえば「早期発見・早期対応」という考えから、文部省は、不登校を減少させようとしたためである。しかし、30日調べにして対応したから学校へ行く子が増えるかといえば、そんなことはない。増え続けて13万人という過去最高(当時)を記録した。

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