不登校新聞

254号(2008.11.15)

第254回 文科省が後援しないわけ

2014年05月22日 15:29 by nakajima_

連載「不登校の歴史」 

 
 第8回IDECを日本で開催しようと、フリースクールの子どもたちがもり上がっていた99年~2000年にかけて、不登校の状況の一端をあらわす17歳の事件が起きている。西鉄バスジャック事件である。IDEC準備中の5月連休で起きた。ほかにもいくつか少年事件が起きるが、あとでまとめてとり上げたい。

 IDEC準備中のことで忘れられないのは文科省とのやりとりだ。

 私たちは、国際交流そのものが意味深いことであり、不登校の子どもたちがこんなに前向きにイキイキとがんばっているのだから、文科省の「後援」をとりたい、と早くから申し込んであった。しかし、なかなか返事がない。事前チラシに間に合うよう頼んでいたが、返事がなく時間切れ。それでも当日資料にだけでもいいから承諾を得たいと思い、何度目かの電話をした。すでにギリギリだというのに、窓口に出た若い女性は「まだ回答が出ていません」と言った。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

第18回 寝屋川教師刺殺事件【下】

232号(2007.12.15)

最終回 家庭内暴力とは何か【下】

232号(2007.12.15)

第232回 不登校と医療

232号(2007.12.15)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

474号 2018/1/15

安冨さんは2013年から女性向けの服を着る「女性装」をするようになった。「...

473号 2018/1/1

2017年も、子ども若者に関わるさまざまなニュースが飛び交いました。そこで...

472号 2017/12/15

みんなが学校に行っている時間帯は「楽しいこと」をしてはいけないって思ってい...