不登校新聞

389号 (2014.7.1)

14年間、不登校の少女を撮った映画監督・三浦淳子

2014年06月26日 16:34 by kito-shin


 今号のインタビューは、映画監督の三浦淳子さん。ドキュメンタリー映画『さなぎ~学校に行きたくない~』の反響、また作品を通じて、子どもと大人に伝えたかった思いなど、うかがった。

――映画『さなぎ~学校に行きたくない~』は上映会のほかに、トークイベントや交流会を行なっているとうかがいました。
 上映会については現在も毎月1回、東京・渋谷で開催していて、トークイベントと交流会は上映会後に開催しています。その都度、いろいろなことに気づかされ、考えさせられます。
 
 参加したあるお母さんは、イベントが終了しているにも関わらず、なかなか席を立とうとしませんでした。急に泣き出してしまう方もいますし、「わらにもすがる思いで来ました」とおっしゃる方もいます。

 話を聞くと、みなさん、つらい思いを一人で抱え込んでらっしゃるんです。
 
 なかには、「学校の先生には理解してもらえないからカウンセラーに相談したのに『お母さんのこういうところが悪いんじゃないですか』と言われて逆に傷ついた」というエピソードを話される方もいました。

(c)トリステロ・フィルムズ

――本作は不登校をテーマにしたドキュメンタリーですが、安心して最後まで観られました。
 「不登校」の映画ということで、「実際に観るまでは過激なシーンがあるんじゃないかと不安でした」とおっしゃる方もいらっしゃいました。たとえば、学校に行く行かないで親子で大ゲンカしていたり、先生が無理やり教室に連れて行ったり、というように。
 
 でも、『さなぎ』にはそういうシーンはありません。むしろ、牧歌的というか、主人公の木下愛ちゃんが友だちと川原を走りまわる、廃棄された古いバスによじ登る、といったシーンが印象に残ると思います。

 ですから、当然ながら、「この映画を見たら、不登校の原因がわかりますよ」という作品ではありません。だからと言って、プロパガンダ的に「今の学校はここがダメだ」ということを伝えたかったわけでもないんです。
 
 長年、ドキュメンタリー映画を撮ってきましたが、映画というのは時間の提供だと考えています。『さなぎ』という映画を通じて、1時間43分という時間を集まった人たちとともにすごす。そのなかで、舞台となった長野県の豊かな自然を感じつつ、わが子のこと、そして親自身について考えること。そこから導き出される答えは観る人によってさまざまだと思います。私の仕事はその機会を提供すること。そのため、「最初から答えを求めない」と決めて撮影に臨みました。


(c)トリステロ・フィルムズ

母としての決意 楽しいを大事に

 
――映画の内容についてうかがいます。愛ちゃんのお母さんは最初から不登校に理解があるように見えたのですが?
  撮影を始めたのは、愛ちゃんが小学3年生の夏ですが、学校に行かなくなったのは小学1年生の秋からです。しかし、そのあいだの2年間は本当にたいへんだったと聞いています。フリースクールや親の会なども近所になく、わが子の不登校に右往左往する毎日だったそうです。その時期は愛ちゃんも荒れていました。気分転換に車で連れ出せば後部座席で暴れたり、靴を車外に放り投げることもあったそうです。
 
 そこで、お母さんは一つのルールを決めました。「家のなかで、愛ちゃんが楽しい毎日をすごすことを大事にする」ということ。つまり、子どもの笑顔を取り戻すことを最優先したのです。それ以降、学校やご近所づきあいなどすべて、お母さんが調整役となって立ちまわったんです。また、不登校関連の書籍も読むなどして、お母さんが自分自身のなかで答えを紡いでいったそうです。
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