不登校新聞

251号(2008.10.1)

映画評「コドモのコドモ」

2014年07月17日 15:25 by nakajima_


 さそうあきら氏のマンガはよく読んでいる。がこの『コドモのコドモ』は触手が伸びなかった。「小学生が子どもを産む」という内容がいやだなぁ、と思ったのだった。

 だが映画を観て分かったのは、そういうことじゃない、ということ。この作品を観て考えたのは「社会とか経済とかセクシュアリティとかそういうものを考えなくていいのなら、子どもを産むってどういうことか?」ということだった。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

遠藤まめたのエッセイ「するっと道が開けるとき」

486号 2018/7/15

法案つくるも議連なし 不登校の歴史vol.486

486号 2018/7/15

かがり火

486号 2018/7/15

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

486号 2018/7/15

僕は本当に苦しかったとき、何も言葉にすることができなかった。でも今なら音楽...

485号 2018/7/1

不登校の未来を見据えた際になにが必要か。「子どもと学校制度のミスマッチをど...

484号 2018/6/15

2014年に解散したヴィジュアル系バンド『ν[NEU]』の元リーダーで、現...