不登校新聞

創刊号(1998.5.1)

【声】

2013年03月06日 14:49 by koguma
当事者からの思いや暮らしのあれこれ、ありのままが伝えられることがいちばん強い!私もあれこれ悩みや戸惑いの中から登校拒否とは何かがみえてきたのは「考える会」であり、そこを通して知り得た多くの親のみなさんからの率直な語りでありました。いろいろな情報も含め、省かれることのない記事がのせられていく、ほんとうに楽しみであります。
静岡県伊東市  伊藤房枝さん

 今日はやっと不登校の問題情報、実質をオープンに話せるようになると感じました。九年前に娘が小学二年で学校をやめましたがそれからずっとホームスクーリングをしています。
 ますます教育の方法は色々あって自分にあっているのを選ぶと子どもがそれぞれもっている興味をのばしてあげるのが一番いいと思ってきました。一緒にまなぶ楽しさを日本のお母さんも経験してほしい。勇気をもって学校をやめる子どもたちのことをはずかしく思わないで応援してあげれば明るい生活をむかえるようになるだろう。日本の教育制度もみんなの力で変わっていくようにがんばろう。
鴨川市 ダイアン ネプチューン

 いいことを思いつきました!――学校の児童、生徒と今呼ばれていますが、『学校利用者』と呼びかえたらどうでしょうか。そうしたら不登校のわが娘も好きな図工の時間だけ行き、『図工時間利用者』給食だけ好きな子は『給食利用者』――なんてならないかなあ。
東京都北区 大石優子

 NPOでの新聞発行にあたって、長命を願う気持ちから一言提言させていただきます。
 一、編集にあたって記事はできる限り署名付き記事。(勿論すべてじゃない)
 二、編集責任者の任免について、また新聞社運営人事についての合理的手続と公開性。  三、経理の透明性。
 自分で考え、行動発言し、責任をとる文化が今からの日本にもっとも求められていることだと思います。
 千葉県松戸市 米倉幸夫

 小児科医であり、不登校の十五歳になる娘の母親でもあります。
 創刊準備号で若林先生もおっしゃっている通り、子どもの権利を大切にすること、それが社会的に守られるよう努力することが、何より第一の小児科医の仕事であると思います。そのことを私たちはないがしろにしてきたのではないか、と昨今の世相を見てあらためて感じます。ぜひ、参加・協力させていただきたいと思います。
 東京都江戸川区 石橋涼子

 娘二人は学校に行っていたころ宿題はやらなければいけないと思いこんでいたようで、私が子どもの頃は宿題なんてやっていかない子が半分くらいで、もちろん私も毎日はやっていかなかったという話をしても、「おとうの頃はのんびりしていたからだ」と言っていました。二人とも必死になって宿題をやっていました。宿題やるかどうか、勉強するかどうかは、本人が決めることなのになあと私は思っていました。
東京都北区 吉川聖治

 不登校新聞ができたことは、とてもうれしく思います。今までの、各フリースクールの発行物などでは、それぞれの考え方や意見のちがいなどが多く、どれを読むのも少々大変だったり、情報をつかむには不十分だったりしていました。いろいろなわくをこえた情報源として良い新聞を作っていっていただきたいと思います。※もう少し安くはならないでしょうか、新聞の月のお金。少し高校生にはキツイのですが…。
東京都杉並区 堀川亜希子

 近年、インターネットも普及する中、もっと不登校に関する情報やそれを提供するものが全国的規模になってもいいんじゃないか、だんだん不登校が世の中知られてくる中で、そろそろそんなものが出てきてもいいんじゃないか、と思っていた時にこの新聞が創刊されることを喜んでいますが、いづれは不登校が特別視されることがなくなり、この新聞が消えてしまうことが到着地だと思います。
神奈川県 三須かおり

関連記事

読者コメント

コメントはありません。

バックナンバー(もっと見る)

463号 2017/8/1

休んでいるあいだは、ずっと押入れにひきこもって生活していました。押入れの中...

462号 2017/7/15

学校に行かなくなったのは体調を崩したことがきっかけでしたけど、決定打になっ...

461号 2017/7/1

私もなんとか学校へ行ってましたが、人生で一番つらかったのが中学時代です。だ...