不登校新聞

243号(2008.6.1)

ひといき 小熊広宣・山下耕平

2014年09月25日 15:10 by nakajima_

 「ねじれ国会」。メディアがこぞって使うこの物言いが、ずっと腑に落ちない。「ねじれ」とは、関係性において好ましい状態を指す言葉としては一般的に用いられないからだ。これでは、衆参両院で与野党勢力が異なる状態は好ましくないという印象を与えかねない。

 さきの参院選で野党が大勝したことは、1つの民意である。民意がこの現況を生みだしたのだ。メディアはなぜ、「ねじれ」という表現を用いるのか。それは誰から見て「ねじれ」ていると言いたいのか。「ねじれ」ていることにより、不都合を感じているのは、はたして誰か。私自身、小さなメディアに関わる者として、言葉の一つひとつにも、つねに気を払いたい。(東京編集局・小熊広宣)
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

コラム「学校に行くか死ぬか、以外の道」 小熊広宣

緊急号外(無料)

ひといき 堂満由美・多田耕史

251号(2008.10.1)

ひといき 堂満由美・石井志昂

255号(2008.12.1)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

512号 2019/8/15

樹木希林さんの娘・内田也哉子さんと本紙編集長の対談。亡くなる前につぶやいた...

511号 2019/8/1

今も母親との関係に悩みを抱える元アナウンサー・小島慶子さん。同様の悩みを持...

510号 2019/7/15

参議院議員通常選挙に際し、『不登校新聞』では各政党に不登校に関する現状認識...