「アンと花子」の原作者・村岡花子と、多くの童謡や詩で知られる北原白秋は、花子の母校東洋英和女学校の校歌作詞でつながりがある。北原白秋年譜によると、白秋は明治18年福岡県柳川市の出身。

 16歳のころ、柳川の大火で実家を消失し、通っていた伝習館を落第したのち中退して、早稲田大学に入学。このころすでに白秋の号を使っている。20歳で早稲田学報の懸賞に入選し、その後与謝野鉄幹の新詩社に入社。

 一方、花子は明治26年、甲府の生まれで女学校を卒業後、教員や翻訳者として地道な生活を送った。二人が出会うのは、昭和15年の児童文化賞の授賞式。村岡花子はラジオ番組の語り手として有名になっていた。


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