不登校新聞

395号 2014/10/1

「終わりが見えない」が終わったとき 母親に聞く不登校

2015年08月20日 15:59 by kito-shin


 今回は17歳の不登校経験者の母親にお話をうかがった。「いつ終わるかわからない」、その不安に悩まされたと言う。

――息子さんの不登校はいつごろからでしたか?
 はっきりと始まったのは小学校4年生のとき、5月下旬の運動会の翌日からです。そもそも体が弱かったというか、学校はちょくちょく休んでました。休む日はたいてい朝起きていても布団にもぐりこんで固まっている。これをわが家では「石になっちゃった」って言ってるんですが(笑)。だから最初は「しばらく休んでいれば大丈夫だろう」、と思う程度だったんです。

――不登校が続くかなと思ったのはいつごろ?
 小学4年生の夏休み明けです。結局、5月下旬から休みを続け、夏休みは遊べるだけ遊ばせました。そうすると、見る見る息子は元気になっていったし、学校についても「行く」と言う。それで迎えた始業式の日の朝、また石になってしまった。何を聞いても基本はダメ、黙ったまま。せいぜい「わからない」と答えるのが精いっぱい。それでも聞き出すと、いじめがあるわけでもなく、先生や学校がいやなわけじゃない。「じゃあ、なんで?」と聞くと「……」、答えない。

小4で不登校 どう大人に?


 これはたいへんなことになったなと思いましたね。いつこの事態が終わるかわからない、「学校に行かずに大人になる」ということへの不安、恐怖感に急に襲われました。その後しばらくの迷走ぶりは、息子にとっても親の私たちにとってもつらい時期でした。

――「いつ終わるか」という強い不安はその後、どうなりましたか?
 息子が居場所「たまりば」(神奈川県川崎市/℡044・833・7562)に通い始め、身心ともに変化していくのを目の当たりにするなかで消えていきました。

 ただ最初に覚悟が決まったのは、将来のことを夫から聞かれた息子が号泣したときでした。いままで見たことのないような泣き方に、私自身ハッとさせられましたし、夫も感じいるとこがあったようです。あのとき、「息子を最優先しなければ」、と。いまは「自分たちの不安を取り除いてくれ」と息子に頼んでいるだけでじつは本当に息子のことを考えているわけではない、と初めて気づいたのです。
 

家族全体が変化


 「たまりば」に出会うことができて大きく支えられましたし、同時に「満ちてくれば動き出すのだな」ともわかりました。というのも、その後突然、「高校に行きたい」と言い出し、現在県立の定時制高校で自分の世界を広げているからです。こんな展開になるとは思いもしませんでした。なにか特別なことをしなくても、重圧さえかけなければ、息子は息子にとって、いま必要な何かを体の中で溜めこみ、次のステップへと勝手に動き出していく。不登校は家族全体の価値基準が変わるきっかけになりました。

――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)




◎不登校の子の居場所情報

■特定非営利活動法人 フリースペースたまりば
連絡先〒213-0022 川崎市高津区千年435-10 
TEL 044-833-7562  FAX 044-833-7534
E-mail freespace@tamariba.org


関連記事

「学校に行かなくていい」と口では言いつつも【父親が語る不登校】

466号 2017/9/15

不登校、たった1つの優先事項【父親が語る不登校】

466号 2017/9/15

ゲームばかりの息子がまったく理解できなくて【親インタビュー】

463号 2017/8/1

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

468号 2017/10/15

10月22日に投開票が行なわれる衆議院選挙。各党の不登校政策・いじめ問題へ...

467号 2017/10/1

アメリカ出身の日本文学者・ロバート キャンベルさん。子どもを取り巻く現状や...

466号 2017/9/15

いま20歳になる息子の父です。息子は、小学校の低学年のころは楽しくすごして...