前回に引き続き、座談会「不登校をめぐる10年」を掲載する。出席者は、奥地圭子、小沢牧子、芹沢俊介の各氏(司会・山下耕平)。
芹沢俊介 不登校問題が、なんとなく社会問題の前線から後退した印象があるのは、やはり2000年前後ですね。斎藤環の『社会的ひきこもり』が出たのが98年ですが、あれは大きな問題だったと思います。ひきこもりを「20代後半までに問題化し、6カ月以上、自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」と定義して、そういう人はぜんぶ精神科治療の対象だと言ったわけです。危機感をいたずらに煽った。あの本に振りまわされた人がどれほど多かったか。
それから、もうひとつは長田塾のような「引き出し屋」が商売になりはじめました。そのことで家族関係を損なった人も相当数います。ああいう商売を成り立たせるだけの家族の焦りを煽った斎藤環の責任は大きいですが、彼にはそういう反省はまったくないですね。
奥地圭子 文部省は「登校拒否」や「学校嫌い」と言ってきた用語を、98年の学校基本調査から「不登校」に統一しました。登校拒否には、心や体が拒否しているという意味合いもありましたが、不登校は、学校に行かないことぜんぶを含みます。そして、90年代、ひきこもりが問題化されてきましたが、不登校がひきこもりにつながると怖れる人が増えました。
小沢牧子 2000年前後は、特別支援教育の検討が始まったころでもありますね。そのなかで、不登校を特別支援教育に位置づけられないかという政策上の思惑があったんじゃないかと思います。そうすれば、コントロールシステムが矛盾なく整うでしょう。
レッテルがすべてを歪める
――かつて登校拒否は「病気」や「怠け」だったわけですよね。80年代半ばからの当事者運動は、それを拒否した。しかし、いまは別のかたちで位置づけられている、と……。
小沢 レッテル化すると事実と離れるんですよ。だから、名前をつけちゃいけなかったんじゃないかという気もするんです。「不登校って言うな! そのことだけ取り出すな!」って。不登校も、ひきこもりも、発達障害もレッテルですよ。レッテルが本人とズレた事実をつくり、レッテルが意識をつくり、レッテルが人を分ける社会をつくってしまう。
奥地 私たちも、「不登校児」という言い方は絶対にしませんでしたし、マスコミにも「そんな子はいない、学校へ行っていない子です」と、イチイチかみついてきたんです。ただ、名前がついてなければ運動も進んでなかったでしょう。
芹沢 名詞化することは怖いですよね。不登校している、ひきこもっている、それはあくまで外から見た状態像であって、変化をはらんでいるものでしょう。それを名詞は固定化してしまう。ですから、名詞から動詞へということが必要でしょうね。
小沢 動詞で言えば、わかりやすいんですよね。「私はバテたから学校に行かない」とか、「部屋から出たくないんだ」とか……。レッテルで仕分けないで、そのときどきの状態をありのままに言えばいい。ただ、名詞化しないと問題意識が共有されないというジレンマはわかりますが。
芹沢 私は、もうその段階は終わりにしたほうがいいと思う。不登校にしても、ひきこもりにしても、つねに変化をはらんだ動詞的な意味合いを付与していく必要がある。
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