ひきこもりを怠けとみなすような視線は今なお根強い。これに対して「本人はひきこもっていることを認められずに苦しみ、必死でもがいている。けっして楽などしていない」という反論がある。その通りだと思う一方で、これではひきこもりへの非難に十分に立ち向かえないとも感じる。もっと明確に「ひきこもりは怠けではない」と言えないだろうか。そこで考えてみたいことがある。ひきこもりは「なにもしていない」ということなのだろうか。

 こんな話を当事者からよく聞く。「ふだん、なにしてるかっていうと、テレビ観て、ネットサーフィンして、たまに筋トレやって、あとは散歩とか? それから週1くらいでフリースペースに顔出すくらいで、まぁ、なにもやってないよね」。ちょっと考えれば、テレビ視聴、ネットサーフィン、筋トレ、散歩、フリースペース通い、いろいろなことをやっているのは明らかだ。それでもなお「なにもしていない」と感じた人には、こう訊いてみたい。「では、なにをやっていれば『なにかしている』と認められるのですか?」。

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