不登校新聞

339号(2012.6.1)

わが家の場合「母ちゃん、変わった」

2013年07月30日 11:13 by kito-shin
 息子が東京シューレ葛飾中学校に入学し、しばらくしてのことです。突然「俺が不登校になって母ちゃんが変わった!」と言いました。小言を言わなくなったし、家のなかがやたら楽しい。けど「母ちゃん壊れたか?」と思ったそうです。たしかにそのころは中学校生活にも慣れ、家庭が明るくなってましたから、これは褒め言葉と解釈しうれしくなったのを覚えています。と同時に、いままで苦労をかけたなあ、と申し訳ない気持ちになりました。

小学4年生から不登校に


 息子は小学校4年生から家ですごすようになりましたが、じつは入学式の翌日から登校を渋りました。が、当然、私は息子の背中を押し、3年間、がんばらせてしまいました。

 毎日持ち帰る重苦しい話と息子の泣き顔に、切ないやら歯がゆいやらでイライラし、それでも「学校に行かない」という発想はなく、なんとか通えるようにと 学校と連絡を取り、一生懸命でした。毎日がピリピリした厳しい3年間でしたから、息子が「俺、もうダメだ!」と泣き伏したときは、不安感よりも解放感のほ うが大きかったように思います。不登校後は早くから専門機関に相談し、その時々の息子の状態を知ることで私も落ち着き、さらに、いままで漠然と散らばって いたもののつじつまが合っていくような、しっくりした感じを受けました。

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