不登校新聞

234号(2008.1.15)

第234回 子どもの権利条約は批准

2014年11月19日 15:07 by 匿名


 90年代半ばの精神科医療は、先号紹介した門氏の論文に見られるように、80年代と比べれば登校拒否への理解がすすんできた面があった。

 これは日本児童青年精神医学会の内部で、人権委員会を中心に稲村博論文への批判が進んだり、「医療にかけて治す」という発想ではない市民の活動や、92年の国の不登校に対する認識転換による行動の変化が与えた影響もあったと考えられる。

 しかし、市民サイドからいうと、「理解を示す専門機関が増えてきたが、まだバラつきがあり、不必要な精神科入院、それも閉鎖病棟や大人の精神病棟にいっしょにいれられ、よけい不安状態を倍加させたケースもある。投薬づけ、電気ショック療法なども報告されている。医者が登校させるべきだと考えていると、何らかの治療の対象とされ、子どもの自我に自己否定的歪みを生じさせたりもする」、「親にだまされて医療機関に連れてこられた子もいる」などの状況があった。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

第18回 寝屋川教師刺殺事件【下】

232号(2007.12.15)

最終回 家庭内暴力とは何か【下】

232号(2007.12.15)

第232回 不登校と医療

232号(2007.12.15)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

548号 2021/2/15

「不登校になった理由を語るまで20年の時間が必要でした」と語る鬼頭信さん(...

547号 2021/2/1

「学校へ行くことはきっぱりやめました。何もわだかまりはありません」と語る1...

546号 2021/1/15

田舎で不登校になるのは本当にめんどくさい。もちろんは都会だろうと田舎だろう...