不登校新聞

231号(2007.12.1)

第231回 親の会が支えたもの

2014年12月18日 14:53 by nakajima_


連載「不登校の歴史」


 登校拒否を考える全国ネットワーク・千葉ブロックは、学校に頼らない親の会・市川(大山洋子)、休もう会(下村小夜子)、登校拒否を考える会・佐倉(大野博美)、銚子登校拒否を考える会(武田志保)、ねぎほうず(菊池久美子)の5団体がつながっていた。

 以上は「登校拒否を考える全国ネットワーク」のなかの「南関東ブロック」の活動であるが、北関東ブロック、東北ブロック、東海ブロック、関西ブロック、中・四国ブロック、九州ブロックなど72団体がゆるやかにつながっていた。84年に「登校拒否を考える会」が発足してから10年間は燎原の火のように、全国に親の会が拡がった10年だった。この登校拒否の子どもを持つ親を中心とした市民活動は、治療主義や矯正訓練の対象という考え方を排し、子どもにより添い、子どもの気持ちや心を尊重し、子どもが本当に安心できる居場所を家庭や地城のなかにみつけ、その子その子の成長を応援していく、というスタンスであった。それは、学歴社会・学校化した日本社会のなかで、「ふつう」「多数」があたり前とされる価値観とはぶつかるものでもあったが、登校拒否をしている子どもを守るものであったし、「こうでなければならない」と押しつけられる常識や建て前に縛られて、苦しい生き方や価値観を変革するものでもあった。親の会につながることによって、登校拒否の子どもを支え、元気にしただけでなく、親自身が価値観を拡げ、楽になれたり、その後、もっと自分は自由に生きていいのではないのか、と主体性を取り戻し、自分らしく生きていいと自覚する契機になった人もかなりあった。
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