不登校新聞

224号2007.8.15

第224回日米フリースクール交流

2015年02月17日 14:55 by 匿名

連載「不登校の歴史」


 90年代半ば、東京シューレは、スペースが拡がるだけでなく、東京シューレ外の人たちとも積極的に交流し始めた。子どもたちは、元気でイキイキと活動した。とりわけ世界を広げたのは、海外との交流だった。海を越えて、フリースクールどうしの連携が生まれていくのである。そして、2000年には、「IDEC」の日本開催を実現するまでになるのだが、その一歩は、94年4月の「日米フリースクール交流」だった。

 これは、じつにおもしろかった。アメリカの古いフリースクールであるクロンララスクールと東京シューレの中高生たちが、太平洋をわたっていっしょに相互の国を旅するというものだった。はじめの2週間は、クロンララの子たちが日本にやってきた。ちょうど桜の咲いている4月のことで、子どもたちは、まず東京でホームステイを1週間してもらいながら、お花見、サッカー、音楽会などで交流した。次の1週間は、さんざん実行委員会で練りに練っての企画だったが、京都と広島を案内することになり、東京シューレの子たちをあわせて、約40人の旅となった。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

第18回 寝屋川教師刺殺事件【下】

232号(2007.12.15)

最終回 家庭内暴力とは何か【下】

232号(2007.12.15)

第232回 不登校と医療

232号(2007.12.15)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

539号 2020/10/1

俳優として活躍する佐藤二朗さん。かつては「暗黒の20代」をすごしていたとい...

538号 2020/9/15

戦後から現代へ、歌い手として生き抜いてきた加藤さんにお話をうかがった。

537号 2020/9/1

「ドアの向こうで息子が死んでいたらどうしよう」と不安に思う日もあったという...