あれは20代半ば、まだ大阪を拠点に取材をしていたころの話。私は不登校経験者の10代3名を連れ立って取材先の京都に到着した。季節は真夏。地下鉄の駅を出ると猛烈な日差しが降り注いだ。気温が何度だったのか覚えていないが、酷暑だったことはまちがいない。しかし取材現場は歩いて15分のところ。道のりは遠いが歩くしかない。同行した若者たちも「タクシーに乗ろうや」「干からびるで~」と文句を言いつつ、しぶしぶ着いてきた。しかし、さすがの盆地・京都。ものの5分で若者たちから憎まれ口を奪い、黙々と歩き続けることだけを強いてきた。私もほかにやることがない。ただひたすら歩き続けた。10分、15分……、ふと気が付いた。もう着くころなのに目印が見当たらない。ていうか、さきほどから地図と私たちが歩いている付近の現実が一つも合致していない。
 

水面が教えてくれた

 
 「ん?」と思い、周囲を見渡すと左手に流れる川の水面がキラキラと輝いていた。こんなとき、自然の美しさは妙にイライラする。だが、水面の輝きで私は大事なことを悟った。この川の右側を歩いているつもりだったが、川は左側にある。ということは……。

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