連載「渡辺位さんの言葉」


 幸せなことに、私はずいぶん長い間、渡辺位さんとお付き合いさせていただいた。出会いはよく話しているように、長男の登校拒否でほとほと困りはてていたのが1980年。35年前である。
 
 渡辺さんと出会い、私は目のうろこを取られ、私の考え方のまちがいに気づき、それからしばらくは、むさぼるように学んだ。その後「渡辺先生のような子ども観・人間観・学校観・不登校についてのとらえ方を広く知ってもらうにはどうしたらいいか」と考えるようになった。私はすでに不登校とのかかわりが37年になるが、そのうち29年、いや逝去されてからも、渡辺位さんに支えられているのは変わりないので、じつに35年「わが師匠」だった。渡辺位さんは別に弟子とは思っておられないので、私が勝手に師と仰いでいるのだが。
 
 「希望会」で、「考える会」で、「全国ネット」で、「東京シューレ」の親ゼミや個別相談で、たくさんの言葉にふれさせていただき、一つだけをとりあげて書くのも難しい。あえて言うなら「深く見る」ことを言葉を通して学んだことだ。
 
 私たちは親の会などで「子どもの気持ちに立って考えてみてほしい。それは親の不安であって、子どもはちがうのではないか。親が変わらないと子どもが苦しいのでは」などと言ったりする。私も親ゼミで司会をしていてその言葉を出し終わってから、渡辺さんは「まずお母さん自身が楽にならなければ、その言葉は馬の耳に念仏ですよ」と。


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