不登校新聞

216号 2007/4/15

映画評「ツォツィ」 社会構造という巨大な力

2015年06月26日 14:57 by shiko


 2001年ペルーを訪れたとき、はじめて貧困を目にした。
 
 バラックが連なる町並み、砂ぼこりのなかを徘徊する野良犬、ここには電気も水道もガスもない。
 
 一眼レフのカメラを取り出すと、ストリートチルドレンの一団にジロッと見つめられ、同行していたペルーの人に「早くしまえ」と言われた。あのとき、見つめられた眼を忘れられない。
 
 その眼にもう一度出会った。『ツォツィ』の映画のなかでだ。
 
 『ツォツィ』は南アフリカの作品。昨年のアカデミー賞で、はじめてアフリカ映画として受賞した作品だ。タイトルの「ツォツィ」とは南アフリカのスラングで「不良」の意味。映画は南アフリカのスラム街で生きる若者を描いている。
 
 主人公は10代後半と思われる若者。あだ名は「ツォツィ」、本名は誰も知らない。親もいない。仲間と毎日ギャンブルをしながら、たばこを燻らし、夜になれば街へとくり出す。雑踏のなかに立つツォツィ、血走った鋭い眼で厳しく周囲をうかがう。
 
 緊張感あふれるその顔は、異常にませていて、強い孤独のにおいがする。彼が獲物を見つけると、仲間に眼で合図をする。スーツをバリッと着こなした老紳士がすぐに取り囲まれ、金目の物が奪われる。今日も昨日も明後日も、そうやって彼らは生きていく。
 
 全編を通して、ストーリーの核になってるのが、ツォツィの人間づきあいの不器用さ。ツォツィは、仲間に対しても高圧的なリーダーとして、一線を画しながらつき合っている。余計なことも、必要なこともしゃべらない。何があっても謝らないし、感謝の言葉は出てこない。とことん言葉にできない。
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