今回、お話をうかがったのはタナカサチさん(31歳)。これまでの不登校・ひきこもり経験をうかがった。

友だちに否定され続け

 
 学校に行かなくなったきっかけは、クラスの女子との人間関係です。友だちだったのですが、私がなにか言うと全部否定される。「これかわいいよね」と言うと、「えー、趣味悪い」とか、私の描いてる絵を見て「気持ち悪くない?」とか。だんだんつらくなってきて、でも、それがなぜつらいのか、当時はわからなかった。今考えれば距離を置けばすむ話なんだけど、クラスという狭い範囲で逃げようがなく、まわりの子たちにも仲が良いと思われていたから、誰も入ってこない。「友だちだから仲良くしようと思って言ってくれてるんだろう。それをいいように思えない私はいやなやつなんじゃないのか」と思い、親にも大人にも言えませんでした。というより、そもそも、ふだんから親と会話する時間もありませんでした。祖母と母の意向で入った私立小学校に往復2時間かけて通っていたので、帰宅はいつも夕方5時すぎ。ご飯を食べ、宿題を終えてからお風呂に入って、明日も学校だから早めに寝る、そんな毎日でした。
 
 6年生の1学期の終わりごろには、週休3日のペースになっていました。
 
 ちょうど進路相談の時期で、長距離通学による疲れから公立に通いたいと私は思っていましたが、親は、今の学校で進級してほしい、と。そんななか、私はいろんな疲れから、朝、起きられない、体が動かない。無理に学校に行こうとすると、吐き気を催すということをくりかえし、2学期に数日登校したのち、いっさい学校に行かなくなりました。
 

謳歌した3年 七転八倒の10年

 
 最初、母はあれこれ言ってきましたが、彼女の言葉で言うならば「本人の意思を尊重して」、放っておかれていました。父は子どもの教育にはいっさいかかわらない人だったので、おそらく、母は一人で悩んでいたんだと思います。母は教師からの家庭訪問も断っていましたから、それからの3年間は不登校というより、誰にも干渉されないひきこもり生活を謳歌していました。

 中学校の卒業式の日、母が卒業アルバムをもらってきました。私の写真は当然1枚もなく、会ったこともない同級生と教師が写っている。「私は社会から疎外されている」ということを、初めて自覚したんです。

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