2011年も暮れが迫ったある日、「東京シューレ」理事長の私と事務局長の中村国生さんは、2メートルも積もった大雪の北海道和寒町にいた。
 
 「東京シューレ」は、学校外の子どもの居場所・フリースクールとして26年間やってきた(当時)。しかし、はじめて、フリースクールに通いながら高校卒業資格を取れるようにしようと考え、ある高校と教育連携するために和寒町にやってきたのだ。その高校とは札幌自由ヶ丘学園三和高等学校。和寒町は、その高校の本校があり、校長の亀貝一義さんが育った町でもあった。
 
 ここでは少なくとも、2つのことを述べなければならないだろう。ひとつは「フリースクールがなぜ高校連携するのか」ということだ。これは90年代後半から顕著になったサポート校問題とつなぎあわされ、問題視・疑問視する声もあった。もうひとつは「どこの高校と連携するのか」という問題。フリースクールと連携して生徒数を増やしたいと思っている私立の通信制高校はたくさんあった。前者の「なぜ連携するのか」という問いとも絡む問題だが、連携するフリースクール側の主体性が、より重要であった。

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