不登校新聞

324号(2011.10.15)

【公開】いじめ研究・滝充さんに聞く

2013年11月26日 16:08 by kito-shin
2013年11月26日 16:08 by kito-shin



いじめを取り巻く現状は…


 日本の教育政策に大きな影響を与える国立教育政策研究所(文部科学省所轄)。その統括研究官であり、「いじめ追跡調査(下記参照)」の担当官であった滝充さんにお話をうかがった。滝さんは「いじめ追跡調査」にて、大半の子が「いじめる」「いじめられる」ことを経験し、かつ、いじめの立場は激しく入れ替わることを証明。研究者として、いじめを取り巻く子どもたちの現状をどのように考えているのだろうか。

――今年8月の文科省調査を受け、報道各紙は「いじめが増加に転じた」と報道しました。これら報道をどう見ておられますか?
 そもそも、いじめなのか友人間のトラブルなのか、はたから見ているだけではわかりづらいという問題があります。子どもたちへのアンケート調査によれば、いじめにあてはまる行動・言動は全体の3~4割程度に見受けられました。どの学校でもかならず起きています。一方、教員に聞いた場合、つまり文科省の「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(以下・問題行動調査)では、毎年、いじめのない学校があります(昨年度は57・8%の学校が「いじめ認知件数ゼロ」)。おそらく事実はこの中間のどこかにあるのでしょう。
 
 また、いじめの認知件数が上がったから一概に悪いとは言えません。従来は見落としていたものを発見できたと考えることもできるからです。もちろん認知件数が上がったほうがいいとも言えませんから、今回の調査を受けてよかった、悪かったという話はできません。
 
 各紙がこぞっていじめの増加を報道したのは不登校や校内暴力などが減少していたためでしょう。きっと深い意味はありません。

文科省調査は抑止力のため


――いじめは社会的な注目が集まるたびに大きな上下動を見せています(次面参照)。文科省の調査に客観性はあるのでしょうか?
 問題行動調査は抑止力のためだと思っています。報告をさせなかったら、いじめに対してなにもしない学校も出てくるでしょう。問題行動調査で客観的な数値が出るのは長期欠席児童生徒の数値ぐらいじゃないでしょうか。不登校の数などでも疑問符がつくときがあります。そもそも実態を求めるには日本は広すぎるというか、行政調査ではある程度の限界があるということでしょう。

――いじめ増加の結果を受け「警察との連携や出席停止を」という声はつねにあがります。
 そうした意見はいじめと暴力行為を混同しているからじゃないでしょうか。2007年の時津風部屋暴行死事件(当時17歳の少年が親方にビール瓶で殴られるなどのリンチによって死亡した事件)は「相撲界でもいじめがあった」というニュアンスで報道されました。しかしあれはいじめではなく暴力行為です。いじめというのは目に見える暴力行為ではなく、被害者を精神的に苦しめようとする行為のことです。目に見えることはほとんどありません。しかし、自殺にまで追い詰められることもあり、暴力行為と比べてどちらが危険だということは言えません。
 
 また、いじめについては警察も介入のしようがないという場合もあります。仲間はずれや無視は違法ではないので立件が難しいからです。ストーカーや虐待と比べるとわかりやすいかもしれません。ストーカーなどは一昔前まで「被害者が気にしすぎだ」などと言われていましたが法整備されて一般的にも認知されました。いじめもまだ十分には理解されていないんじゃないでしょうか。
 とはいえ世界的にみれば日本はまだマシです。国レベルで「いじめは誰にでも起こり得る」と宣言しているのは日本だけですから。

きっかけよりも環境に目を


――いじめのきっかけや背景にはなにがあると?
 いじめのきっかけや原因探しはあまり大事なことだとは思えません。というのも、おそらくきっかけは本当にささいなことだからです。よくあるトラブルが発端の場合もありますし、理由が見当たらない場合もあるでしょう。
 たとえば満員電車のなかで「人の足を踏んだろ!」「踏んでない!」などと言い合いになっている人たちを見かけますね。しかも関係ない人が「騒ぐな!」みたいなチャチャを入れてよりややこしくなることも(笑)。トラブルのきっかけは「足を踏まれた人が大声を出したこと」だと思います。でもそれって「ガマンできない被害者が悪い」という理屈につながっていきませんか。きっかけや原因よりも大事なのが、その電車が満員電車でみんながイライラしていたという環境のほうでしょう。いじめもささいなトラブルから発生しますが、それが何カ月も続いていくとすれば、あきらかにその集団が異常です。おそらく子どもたちがストレス度の高い状況におかれているという環境のほうに目を向けるべきです。

子どもたちのストレスは


――なぜ子どもたちはストレスフルな状況になっていると?
 突き詰めると資本主義や競争社会そのものの問題なのかもしれませんし、もともと人間という生き物自体の問題なのかもしれません。子ども自身、学校、家庭、社会全般の価値観、テレビなどの影響など遠因も考えれば本当にいろんなことが複合的に関わりあっているのではないでしょうか。
 
 ただ言えるのは、12年間の調査では結果に変動がなかったこと。つまり景気の動向や現段階の大人の対応はほとんど影響を与えなかったということです。

――深刻ないじめがあっても学校に行かない道が許されていれば死に至るケースは少なくなるのではないでしょうか?
 たしかに学級のなかでいじめが起きると逃げ場がなく学校に行くのをやめるということもあるかと思います。それは逃げた人が弱いなどということではなく、それほどいじめというのは人を追い詰めるものだからです。だから、私たちとしてはいかに深刻ないじめへと発展しないようにするかという議論をしているところです。


いじめはどこにでも誰にでも


――深刻ないじめに発展しないためには何が必要なのでしょうか?
 結局は、ふだんから秩序や道徳観の大切さを伝えていくことだと思います。成果を出しているのはお世話活動です。小学6年生全員で小学1年生の給食や掃除のお世話をする。いま子どもたちは自分の仕事や役割を担う機会が減り、人から感謝されたり、ほめられるという実体験を得る場が本当に少なくなっています。
 
 お世話活動は成果をかならずあげますが、昔の社会がうまくまわっていた機能をまるごと学校で実現するわけですから労力も教員の質も必要です。そのためなかなか長続きはしていません。いずれにせよ、いじめの原因やきっかけはささいなもので防ぎようがありませんし、ストレスも根本的には防ぎようがないでしょう。しかし深刻ないじめに発展しないためには、悪かったらすなおに謝る、謝られたら根に持たないといった寛容さを培っていくこと、いかにして子どもを早く大人にするか、というところだと思っています。
 
――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)


※表付随テキスト
 「いじめ追跡調査」は98年~09年までにかけて実施された調査のこと。ある市内の小学校4年生~中学3年生を12年間、年2回ずつのアンケートで継続して調査をした。調査内容は98年~03年、04年~07年、07年~09年の3回にわけて発表。
 
 07年~09年の調査結果によると、中学校3年間のうち1度でも「週に1回以上の仲間はずれ・無視・陰口」などのいじめを受けたと答えた者は全体の65%を占めた。逆に同様のいじめを中学3年間で一度でも「週に1回以上の仲間外れ・無視・陰口を行なった」と答えた者も全体の71%。小学校高学年でもほぼ同様の結果が見られた。
 
 一方、中学校3年間のうち「仲間はずれ・無視・陰口」といったいじめを「週に1回以上、受け続けた者」は全体の0.5%。逆に同様のいじめを3年間「週に1回以上、行ない続けた者」も全体の0.5%だった。
 
 従来のいじめ像であった「いじめっ子」「いじめられっ子」に位置づく者は全体の1%に満たず、大半の子どもは激しく入れ替わる「いじめる・いじめられる」関係のなかにいることがわかった。そうした調査結果をもとに国立教育政策研究所は「特別な背景や問題があって、いじめが起きるのではなく、どの子どもにも起こり得る、と考えるのが妥当」との見解を示した。
 
 また06年秋にはいじめが社会問題化し「いじめの第3ピーク」とも報道された。しかし国立教育政策研究所は「ピークがあったとは言い難い。むしろ報道の影響やそれを受けた大人の対応さえも子どもには関係なかったと言える」とコメントしていた。

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