不登校新聞

615号 2023/12/1

「座っていられない、ドライヤーが苦手」発達障害の子どもの特性に合ったカットをする美容院を全国に広げる活動をする美容師の思い

2023年12月04日 12:41 by kito-shin
2023年12月04日 12:41 by kito-shin

 不登校の子どもたちのなかには、発達障害を抱える子もすくなくありません。そうした子どもたちは学校のほかに、お店や病院などでも「すごしづらさ」を感じていることがあります。今回は障害や気質によって髪を切るのが苦手な子どもに寄り添う「スマイルカット」の活動をする美容師・赤松隆滋さんにお話をうかがいました(※写真は赤松隆滋さん © mao yamamoto)。

* * *

――「スマイルカット」とはどのような活動なのでしょうか?

 活動についてお話しする前にまず、みなさんはどんなときに美容室を利用したいと思いますか? 私はかつて、ひきこもりの方の髪を切らせていただいたことがあります。他人との関わりに強い負担を感じているその人が、苦しさを押してまで私にカットをお願いしたのは、「身だしなみを整えたいと思ったから」だったそうです。髪を切ること自体は自分でやったり家族にお願いしたりすることもできます。この方も以前は自分で切っていたそうです。

 でも、「外へ出たい」という気持ちが出てきたとき、美容師の手を借りようと思われたそうです。プロに髪を切ってもらって、さっぱりとした姿で社会へ出たいと。お店に電話するのに3回も吐くというたいへんな思いをしながら、私に連絡をしてくれました。

 髪を切ってすっきりする、それは誰にでもある当然の権利で、美容室はそのお客さんの期待に応えるためにあります。しかしそれが思うようにできない、すっきりするために美容室に来ているのに逆に不快な思いをさせられて困っているという人たちがいます。

 私はそのなかでも、発達障害や感覚過敏の気質などを抱える子どもたちに関わり、子どもたちが髪を切るのが楽しくなるような環境づくりに取り組んでいます。それが「スマイルカット」です。

 発達障害を抱える子どもたちのなかには、ドライヤーやバリカンの音が苦手、あるいはイスにじっと座っていることが苦手なために、美容室でのカットが難しいという子がいます。障害の有無に関わらず、髪の毛を触られることに抵抗がある、知らないお店に入ることに不安を感じるという子もいます。

 そうした子どもたち1人ひとりの特性に向き合い、けっして無理強いはせず、スモールステップでカットが気持ちよくできるような取り組みを、私を始めとした、全国の「スマイルカット」の講習を受けた美容室・理容室でさせてもらっています(現在全国に74店舗)。

――どうしてこの活動を始められたのですか?

 ある男の子との出会いがきっかけでした。私は「スマイルカット」を始める前、児童館で就学前のお子さんがいる親御さんへ向けて、子どもの前髪の切り方を教える「チャイルドカット講座」をしていました。そこへあるとき、小学生のお子さんを持つお母さんが来られたんです。その方は私に「息子がヘアカットできるように、協力してもらえませんか?」とお願いされました。

 くわしくお話をうかがうと、息子さんは発達障害があり、じっとしていることが苦手で、3歳ごろに連れて行った美容室では暴れてしまいカットができなかったそうです。

 その後訪れた3軒のお店でも美容師から「危なくてカットができない」と断られ、以来カットは自宅でお母さんがやってきたとのこと。しかし成長するにつれてカットが難しくなり、小学2年生になって、やはりほかの子と同じように美容室でカットしてもらえるようにしたいと、私に相談されたのでした。

 それを受けて私は、2カ月に1回、児童館で職員の方にサポートいただきながら、その男の子のカットに向き合いました。最初は部屋を動きまわる彼の気持ちが理解できずに悩み、また安易に道具を使ってパニックにさせてしまうという失敗もしました。


実際のカットのようす © mao yamamoto

「気持ちいい」その言葉に

 それでもすこしずつ発達障害の知識を深め、関わり方を試行錯誤することで、しだいに私も彼も落ち着いてカットができるようになっていきました。そしてその後、お店でカットができるようになった彼に、シャンプーもしてみないかと提案し、やってみました。髪をドライヤーで乾かしていたとき、彼はつぶやいたんです。「気持ちいい」と。

 その言葉はとてもうれしかった反面、私のなかには悔しさも込み上げてきました。なぜなら、「気持ちいい」という感覚を得る権利はそれまでにも彼にあったはずなのに、自分たち美容業界のほうが、その機会を失わせてしまっていたのだと気づいたからです。

 だから私は、美容室へ行きづらい人たちがいる今の社会や、そのような人たちをなかなか受けいれられていない業界のあり方を変えたいと、NPO法人「そらいろプロジェクト京都」を立ち上げ、「スマイルカット」を全国の美容室・理容室へ広げていく活動を始めました。

――カットに取り組む際はどんなことを大切にされているのでしょうか?

 まず子どもの不安をすこしでもやわらげることに注力しています。お子さんそれぞれに特性があり、不安を感じる点は異なるのですが、1つ共通していることがあるんです。

 それはどの子も、「自分が美容室・理容室でどんなことをされるかわからない」という不安を抱えているということです。これは定型発達の子どもにもある不安ですね。どんな場所なのか、どんな人がいるのか、どんな道具があって自分にどんなふうに使われるのか。予測が立てられないと子どもは怖いのです。逆にそうした疑問が解消し「なんだ、怖くなさそう」とわかれば、子どもは安心して店側に身を任せてくれます。だから見通しを立てることを非常に大事にしています。

 でもこれはけっこう難しいんですよね。言葉で「大丈夫だよ、怖くないよ」と言うだけでは子どもの不安は解消されません。たとえて言うなら、小さな子どもに注射を打つ前と同じですね。「痛くないよ、大丈夫、大丈夫」と言われたところで、子どもは「そう言うけど、きっと痛いんだろう」と思っています。どう大丈夫なのかがわかるように段取りをつけてアプローチしなければなりません。

 「スマイルカット」では利用希望のご連絡をいただいたらまず、お子さんはこれまでどうカットされていたのか、現在のようすはどうか、カット以外に苦手なことはあるかなど、親御さんへ事前カウンセリングをします。それを基にお子さんにどうやってアプローチするかを決めます。たとえば事前のカウンセリングで、「うちの子はハサミを見るだけで怖がるんです」と聞いていたら、店内に入ってイスに座ってもらってもすぐにカットには移りません。道具を見せてどう使うかを説明したり、カットの手順を示したイラストを見せたりして、工程をイメージしてもらいます。

段階的に ステップを踏んで

 そしていざハサミを使って切るというときも、最初は毛先を1回切るだけにします。そのときのようすでもうちょっと切っても平気そうなら、次は5回切ってみたりします。今お話ししたのはほんの1例ですが、このように本人のペースに合わせて段階的にカットを行なっています。

 また、カットを行なうなかでほかにも大切にしていることがあります。それは私自身が目の前の子どもとの関わりを楽しむということです。その大切さに気づいたのは、心理学の知見からカットのアドバイスをいただこうとある大学の先生を訪ねたときでした。

 私は「スマイルカット」を始めてから発達障害の子どもへのアプローチを本などで勉強してきました。しかしその結果、「このタイプの子にはこのやり方で」と機械的に当てはめていくようなやり方に傾いてしまったんです。その先生を訪ねたのも、どういった方法を取るといいかを教えてもらいたかったからでした。しかしその先生は、「いくら理論で固めても、あなたが楽しくないと子どもに伝わるんだよ」と言ったんです。

 その言葉に私はハッとしました。私は全然相手を尊重していないやり方をしようとしていたのです。先生の言葉で気づきを得た私は、それ以来、子どもの行動に対して「ありがとう」や「うれしいよ」といった自分の気持ちを伝えるなどして、率直にやりとりを楽しむようになりました。

お店で親に控えてほしいこと

――美容室・理容室で不安を感じている子どものため、親のほうにできることはありますか?

 「スマイルカット」では親御さんに、「どうかお子さんのことでお店のスタッフに謝らないでください」とお願いしています。お子さんを叱ることや注意することも控えていただいています。

 障害のあるお子さんのなかには、カットの途中で騒いだり、立ち上がったり、またスタッフを叩くなど他傷行為をしてしまう子もいます。しかしそのことについて親御さんはスタッフに「ごめんなさい」と言わないでほしいのです。

 親御さんが沈んだ表情でスタッフに謝ってばかりいると、子どもは「自分が悪いことをしたのかな」と暗い気持ちになってしまいます。カットや美容室そのものがきらいになることもあるかもしれません。お子さんにとってカットがイヤな時間にならないよう、親御さんには温かく見守っていただきたいのです。

 そもそもお子さんが騒ぐような行動をするのにはかならず理由があります。だから謝ったり叱ったりせずに、スタッフといっしょに行動の裏にある子どもの気持ちを考えていただければと思います。真意がわかり、ほかのアプローチを取ることができれば、お子さんに快適なカットを提供することができると思います。

 スタッフによって経験や知識がちがうので、ときにうまくいかないこともあるかもしれませんが、私たちは子どもに、「カットって気持ちいいんだ」と感じてもらいたいと思っています。お子さんが自然とそう感じられるよう、ぜひ親御さんにも協力いただけたらと思います。

――ありがとうございました。(聞き手・本間友美)

「スマイルカット」実施店一覧

「スマイルカット」の実施店は現在全国に74店舗。お近くのサロンへ、お気軽にお問い合わせください。スマイルカットの講習を受けたスタッフが、誠意をもって取り組みます。

場所は下記のURLへ
https://www.sora-pro.jp/party/smilecut_salon.html

【プロフィール】赤松隆滋(あかまつ・りゅうじ)
美容師・理容師。京都市伏見区にて美容室「Peace of Hair」を運営するかたわら、2014年に「NPO法人そらいろプロジェクト京都」を設立。発達障害などで散髪が苦手な子どもへのカットを行なう「スマイルカット」活動のほか、講演やヒーローショーなどを通して障害のある子どもたちへの理解を広める活動も行なう。大阪樟蔭女子大学非常勤講師。2015年、「第 50回NHK障害福祉賞」最優秀賞受賞。

 

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