不登校新聞

615号 2023/12/1

「他人が怖い、でもつながりたい」不登校・自殺未遂から映画監督になることを決めた女性の思い【全文公開】

2023年11月22日 16:00 by motegiryoga
2023年11月22日 16:00 by motegiryoga

 「あのころの自分が見たかったもの、言ってほしかったことを映画にした」と語るのは、映画監督・武田かりんさん。武田さんは中学でいじめや不登校を経験するなど、苦しい10代をすごした。そんな武田さんの最新作『ブルーを笑えるその日まで』が12月8日から公開される。「今苦しんでいる子にこの映画を届けたい」と言う武田さんに自身の経験と、映画に込めた思いについてうかがった(※写真は武田かりん監督/映画『ブルーを笑えるその日まで』は12月8日、アップリンク吉祥寺にてロードショー、ほか全国順次公開予定)。

* * *

――武田さんの不登校経験について教えてください。 

 中学1年生の1学期のある日、突然、クラスの女子全員から無視されるようになりました。聞こえるように陰口を言われたり、背中にボールを投げつけられたり。迎えた夏休みでは、新学期が始まるのがとにかく怖かったです。

 そうした恐怖からか、夏休みが終わりに向かうにつれ、声が出なくなりました。2学期に入るころには両親と会話することすらできなくなって、紙に書いて思いを伝えていました。

 中1の2学期から卒業までずっと不登校で、そのあいだ、ほとんど誰ともしゃべりませんでした。することといえば本を読むか絵を描くかだけで「私はきっと、このまま死ぬんだ」と思っていました。

 中3の冬に親の勧めで病院に入院しましたが、この入院もつらかったです。窓もない暗い病室に1人きりで、声が出るまで出してもらえませんでした。泣いたらよくわからない薬を飲まされるし、「こんなところに居たくない、治さなきゃ!」と強く思って、なんとか声が出るようになりました。

 不登校や入院期間中の私の逃げ場所は、空想の世界でした。同じ本を何冊も読んで、物語の世界を空想することで、なんとか自分を保っていました。いつか未来から大人になった私がタイムマシーンに乗って、助けに来てくれる。本気でそう思っていました。

 その後、進学した通信制高校では友だちはできたものの、私は中学でのことを引きずっていました。だから友だちといくら楽しく笑い合っても自分のなかに何も残らなかったんです。いつもさみしくて、心の穴は埋まらなくて。「一生この気持ちなんだ」と考えたら絶望的な気持ちになりました。そして、自殺をしようとしました。でもうまくいかなかったんです。すごく痛い思いだけして、病院に運ばれました。

映画をつくろう 

――とてもつらい体験をされましたね。でもどうして映画監督になろうと思ったのですか?

 病室で隣のベットにおじいちゃんが居たんです。面会に来たご家族の話を聞いていたら、もう長くなさそうでした。そのとき、「ああ、私は生きてここを出られるんだ。だったら、やりたいことは生きているうちにやってみよう」と思ったんです。これが転機でした。そして私は、映画をつくってみたいと思いました。一度でいいから、たくさんの人と大きなものをつくってみたかったんです。本当は他人がとても怖い、でもその反面、誰かとつながりたい、わかってもらいたいと心の底から思っていたからです。

 その後、映画学科のある大学へ進みました。卒業制作では、コメディタッチの映画をつくりました。私にとって、中学校の不登校経験や高校での自殺未遂は絶対バレたくない秘密だったんです。だから友だちにはよく、架空の思い出を語っていました。でも卒業制作を観た先生が「武田さんは根っから明るいんだね」とおっしゃって。すごく複雑な気持ちになりました。  

 本当の私は昔のことを忘れられずに、心はずっと泣いている。なんだか嘘をついているような気になって、もう一本映画をつくろう、と決めました。

 今度は絶対に嘘をつかずに映画をつくりたい。そう決めたのが3年前です。同じころ、10代の子どもの死因の1位が自殺だ、という事実を初めて知りました。あのころの自分と同じように苦しんでいる人がいっぱいいることを知って、嘘をつかずに、自分の過去を題材にして映画をつくろうと思いました。そしてそれが、今どこかで苦しんでいる誰かのためにもなる気がしました。

 一番伝えたかったのは、「生きていれば、いつかきっと」ということです。それは私が10代のころにも大人によく言われていたことです。「生きていれば、いいことあるよ」と。でも当時の私は「今つらいのに、何言ってるんだ」と思っていました。いつかいいことがあるなんて信じられなかったんです。でも今はわかります。生きていればいいことある、これは本当です。ただ、言葉ではうまく伝わらないと思うので、映画という物語で伝えたいなと。

 大人になった今の私も、まだ心の穴は完全にふさがっていません。昔のことを思い出すと泣いてしまいます。でも、すこしは笑えるようになってきました。そんなどっちつかずの状態だからこそ、この映画がつくれたと思います。嘘をつかずに伝えたい。そう思ってつくったこの映画をぜひ多くの人に観てもらいたいです。

――ありがとうございました。(聞き手・茂手木りょうが、古川寛太)

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