不登校新聞

279号(2009.12.1)

わたしの場合「仲間がほしいと思いました」

2014年01月15日 15:21 by nakajima_


 学校には行けない。

 自分の将来が暗くみえる。このまま、家にいられたらいい。外に出るのは自分を痛めつけることと同じに思える。

 でも、家に居続けることなんてできるだろうか。いや、無理に決まってるし、親はいつか死ぬし、居心地はどんどん悪くなっていくだろうし。

 こんな自分は情けない。みにくい。

 死のう。

 死ぬ。どうせならもっと遊んでから死にたかったな。ちょっと悪いこととかして……。

 よくそんな風に思っていた。悪いことってなんだろうか。やっぱりちょっと悪そうな人たちといっしょになってとか、飲酒するとか、タバコ吸うとか。

 それとも、自分よりひ弱そうなヤツを見つけて徹底的にいじめ抜くとか。

 でも、こんなこといつでもできる。みんな年をとったってやってる。できる。

 どうせなら……やったあとに残る罪悪感を味わえるような、「すいません、生きててすいません、お母さん……」みたいな。でも、やってる最中は、めちゃくちゃ楽しくて、若いうちしかできないバカをやりたい。
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