不登校新聞

328号(2011.12.15)

【公開】精神科医が見た東日本大震災

2014年03月03日 14:18 by kito-shin
2014年03月03日 14:18 by kito-shin



苦しみは苦しみとして、怒りは怒りとして


 健全である心身ならば、受け留め、吐き出し、やがて消化(昇華)できるはずのストレスの類も、およそ心身の余裕が失われているときや、尋常な水準をはるかに越えるストレスに見舞われたときなどには、私たち人の感情は麻痺し、あるいは解離し、苦しみを吐き出すことさえできなくなってしまう。児童、思春期を主とする私の外来には、こうした受難のただなかにいる子どもたちが、日々訪れる。彼らは一様に身を強張らせ、感情を表に現わすことができない。表せないからこそ、行き場を失った苦悶は内向し、逃げ場をなくし、自傷や抑うつの症状となる。緊張から不眠が続き、交感神経優位の覚醒水準だけが異様に高まり、くつろぎや悦びといった感情を体験できない。理不尽ないじめや、家族の不和、あるいは虐待に曝された子どもたちに共通の状態ともいえるだろう。

 前置きが長くなってしまった。震災から8カ月を経た、私の故郷いわき市を含む福島県の浜通り地方は、いまも原子力の脅威に曝されている。理不尽な苦しみが持続している。住処を追われ、生活の糧を失った多くの方々が、身を寄せ合うように並び建つ仮設住宅に息を潜め、初めての冬を迎えようとしている。生活は続く。男たちは這い回るようにして職を探し、早朝から瓦礫撤去の作業に出かける。引き取られるあてのない、放射能まみれの瓦礫を。女たちは線量計を片手に、いかにして子どもたちに安全な食べ物を、与え育てるかに奔走する。

助けを求む声頭から離れず


 ある日には「助けて」という声が頭から離れず、夜も眠れず、いまになって強迫症状が止まらなくなった小学生が来院した。「手を伸ばしたからって助けられたわけじゃない。そんなことをしたら君の生命が危なかったんだ」。私も必死に説き糾す。おそらく震災後しばらくの間は、あらゆる現実感覚が麻痺していたのだ。いまようやく罪悪感というかたちで苦しみは表され、不眠や強迫行為として現れた。もちろんこのあと適切なかたちで怒りや苦しみの感情が受け留められ、悲しみの涙を流し、抑うつを消化(昇華)してゆける過程が治療だ。このときようやく心身は本来の余裕と、くつろぎの感覚を取り戻すことができる。

 自死を完遂してしまったケースを聞くと、やり切れない。肉親や生活の糧を失い、交感神経優位の緊張と覚醒のただなかで、誰にも頼れず、自らを追い込み、現実感を喪失したまま死に向かってしまったのではないか。苦しみを苦しみとして、怒りを怒りとして、悲しみを悲しみとして、もし表現できる時間が残されていたなら、それ以外の選択肢を見つける余裕が生まれていたかもしれないのだ。

 これから先も引き続き、苦しみの多い現実と向き合ってゆかなければならないのは事実だろう。原子力事故のあと、逃げたか逃げなかったかで人間関係に亀裂が生じ、いまだぎくしゃくした職場や、学級も多いと聞く。

給食ぐらい…


  つい先日には給食から、基準値以上の放射線値が検出され、弁当を持って来る子や牛乳を残す子が出ていると、また一騒ぎだ。東北には感情を露にせず、内に秘めることを美徳とする文化があるにはあるが、怒りや苦しみといった感情を吐き出すことで、防ぐことのできる症状、助けることのできる可能性のある生命があるのだ。苦しみを苦しみとして、怒りを怒りとして表せてこそ、はじめて悲しみを悲しみとして、位置づけることができるのだから。ともあれ学校給食だけでも、多少お金がかかったとしても、安全な食材を提供していただき、せめて給食の時間だけでも、屈託のない、笑顔に満ちたひとときにしてあげたいと思うのは、贅沢な願いだろうか。(いわきたいら心療内科・熊谷一朗)

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