7月24日、フリースクール「東京シューレ」が「東京シューレ25周年祭~つながる力・つくる力~」を東京都・北区にて開催する。今回は、同イベントの実行委員であるケリー・ブランドンくんと広無智絵子さんのお二人に、自分自身の不登校体験や、イベントにかける意気込みなどをうかがった。
本号記事:東京シューレ25周年祭「僕はまるで゛カメレオン゛」ケリー・ブランドン 

不登校の歴史、伝え継ぎたい 広無智絵子


 私はいま、25周年祭で不登校と東京シューレ25年間の歴史を劇や展示にしたいと思い準備を進めています。今回、あらためてその歴史を学ぶことで、とても新鮮な発見がありました。

 まず驚いたのが、25年前の登校拒否を取り巻く状況でした。登校拒否を苦にした親子心中、精神科への強制入院。1979年~82年の戸塚ヨットスクール事件(死亡3名、行方不明1名を出した事件)や最近では丹波ナチュラルスクールでの虐待事件などもありました。

 なかでも、私が一番驚いたのは1991年に広島県で起きた「風の子学園事件」(当時14歳と16歳の子が監禁され死亡した事件)です。学校と施設とのつながりのなかで、殺されていったとも言える状況に本当に悲しい気持ちになりましたし、怒りを感じました。

 また、1986年の鹿川くんいじめ自殺、1994年の大河内清輝くんいじめ自殺、そして2006年に相次いだいじめ自殺。こうした一連の流れもあらためて知りました。

 こうした事件や自殺、80年代の状況というのは、いままで聞いていたものの、どこか頭に入っていませんでした。というのも、私が東京シューレに入ったのが2001年、当時小学6年生でした。

 あれからいまにいたる約9年間は、東京シューレをメインにすごしてきましたが、この間は思春期まっただなかで、自分のことでいっぱいいっぱいだった時期が多かったように思います。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。