不登校新聞

537号 2020/9/1

学校の代わりになる場所を4年間、探し続けた末に私が求めたこと

2020年09月23日 14:44 by kito-shin

 今回執筆いただいたのは、木原ゆいさん。木原さんは不登校になってから4年間、「学校の代わりになる場所」を探し続けたという。当時の思いを書いていただいた。

* * *

 私が不登校になったのは、小学1年生のころ。なぜ不登校になったのか、はっきりとした理由は思い出せない。

 ただ何事にも敏感な気質を持つ私は、学校の集団生活に耐えきれなくなり、しだいに学校へ行きしぶるようになった。朝になっても布団から起き上がれず、玄関からは足が一歩も進まない。

 「学校へ行かなけなければ」と、頭ではわかっているのに、身体がまったく動いてくれなくなった。

 母に付き添ってもらいながら登校を試みたこともあったが、学校に近づけば近づくほど心が重たくなり、いつも通学路の途中で足が止まって、結局は家に引き返えした。

 何日経っても「学校へ行けない」という結果は変わらず、私はどんどん学校から遠ざかり、不登校になった。

 しかし、学校へ行かなくなっても、私の苦しい日々は終わらなかった。学校へ行かなくなってから半年が経ったころ、母は私を外に連れ出すことが多くなった。

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

学校での同調圧力が僕はずっとツラかった

539号 2020/10/1

不登校経験者4名が綴る。「私はこの言葉に救われ、支えられた」

538号 2020/9/15

過干渉な母との20年、解放のきっかけは夫の一言

538号 2020/9/15

読者コメント

バックナンバー(もっと見る)

539号 2020/10/1

俳優として活躍する佐藤二朗さん。かつては「暗黒の20代」をすごしていたとい...

538号 2020/9/15

戦後から現代へ、歌い手として生き抜いてきた加藤さんにお話をうかがった。

536号 2020/8/15

「勉強の遅れ」を心配する声がたくさんの保護者から聞くようになりました。いま...