本当にたくさんの人に支えられての新聞発行でした。活字離れの時代の中で、このような手作りの新聞が15年も続いたことが奇跡のようで、ありがたいとあらためて思います。
 
 思い返せば、創刊1年目は、東京・錦糸町にある活版印刷の小さな工場に毎号通い、校正し、仕上がるのを待っていました。そのころは紙面の大きさもブランケット版6ページ立てでした。その後、パソコンで紙面を作るようになり、体裁も現在のタブロイド判8ページ立てになりました。文字も大きくしたり、さまざまな工夫を経て今の姿があります。
 
 これからも、当事者視点で、日本で唯一の不登校専門メディアである本紙を充実させていきたいと考えています。ご協力よろしくお願いします。
(本紙代表理事・奥地圭子)