不登校新聞

196号(2006.6.15)

「人は病気ではない病にかかる」老師が説く若者の生きづらさの根源

2018年11月27日 17:11 by shiko




 今回取材したのは山川宗玄老師。正眼短期大学の学長も務める老師に、現在の若者の状況をどう見られているか、不登校やひきこもりをどう見られているか、などをうかがった。

 * * *

――若者たちの状況をどう見られていますか?

 大雑把に言えば、私が子どもだったころと比較すると、いまの若者たちは「個(一人)で生きていけ」と言われて育ってきたんじゃないでしょうか。

 以前の子どもたちは、家族や集落といった集団のなかで暮らしていました。ところが、いつの時代からか、いま言ったような状況に変わりました。

 われわれの世代も「カギっ子」と言われましたが、いまの子どものほうがより顕著です。親が家にあまり居なくて、近所の人もほとんど他人のようになってしまった。

 そのぶん、子どもは一人部屋を与えられ、ゲームや携帯電話が与えられ「個で生きていく」状況になりました。

 なぜ、それが問題なのかと言えば「個で生きていく」ことが不可能だからです。

 「一即多、多即一」という言葉があります。個は家族に守られ、親戚や近所の人たちといった集団に守られることで生きていけます。だからこそ、無意識に安心を感じます。

 しかし、子どものときから「守られている」という意識がなければ、無意識のなかに不安を感じます。

 人間は根本的に他人に認められなければ生きていけない生き物です。育つために大事なのは、どんな設備を与えるかよりも、「認められる」という環境です。

 これはその家庭の問題というより、社会が「個で生きていく」ことを強制するような方向に突き進んでいるからです。

 そういう理屈はわかっても、腹に染みこんだ安心感がないから、多くの若い人は「生きづらさ」を感じているのではないでしょうか。

 

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