著・内田百けん/中公文庫
犬や猫などといっしょに暮らしている方もたくさんいると思うのだが、作家の百けん先生も、元々は野良猫だったノラという名の猫を飼い始る。百けん先生と奥さんは、ノラの好物の小鯵と寿司のたまごを与え、可愛がる。けれどノラは、昭和32年3月27日の午後から行方が分からなくなってしまう。百けん先生は仕事が手につかないほど泣き崩れ、チラシや新聞広告、警察に捜索願まで出して、必死にノラのことを探す。このとき、百けん先生は68歳。一匹の猫のために泣いて暮らす姿は、申し訳ないのだけれど、滑稽ささえ感じてしまった。けれど、諦めることなく捜し続ける百けん先生の姿を見ているうちに「ノラは一体どこにいるんだろう。はやく帰ってきてほしい」と祈るような気持ちで読みすすめている自分に気づいた。いつまでも帰らないノラ。「ノラや、ノラや」と呼び続ける百けん先生の声が聞こえてくるようで、たまらない気持ちになった。
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